命を守る熱中症対応手順の作り方~現場で使える具体的マニュアル~

熱中症対策

命を守る熱中症対応手順の作り方

「報告体制が整った今、次は“現場で本当に使える”具体的な対応手順の構築です」

2025年6月施行の労働安全衛生規則改正により、熱中症対策はすべての事業者にとって法的義務となりました。
前回までの記事で、「報告体制の整備」と「従業員への周知・教育」の重要性について解説してきましたが、実際に熱中症が発生した際に“誰が・何を・どのように”行動するかが、現場の命運を分けます。

多くの企業様から、「連絡網は作ったが、具体的な対応手順が分からない」「現場で迷いなく動ける体制をどう作ればよいか」というご相談をいただいています。
実際、厚生労働省の労働災害統計でも、初動対応の遅れが重大事故につながったケースが多数報告されています。

本記事では、法的要件を満たしつつ、現場で即実践できる熱中症対応手順の作成方法を、救命事例や失敗事例も交えながら分かりやすく解説します。
自社の実情に合わせて、確実に“命を守る仕組み”を構築するための実践ポイントを押さえましょう。

1. 報告体制の確認ポイント

実施状況チェック

前回お伝えした報告体制について、以下の点を確認してください

▼基本項目の確認:

  • 連絡先掲示場所が全作業者に認知されているか(アンケート実施推奨)
  • 外国人労働者向け多言語版の準備完了(主要3言語以上)
  • 代替責任者の指名と連絡訓練の実施(月1回以上)
  • 医療機関リストの更新と診療時間確認(週末・夜間対応含む)

改善事例の紹介

建設現場A社の事例:

課題:騒音環境で音声連絡が困難
解決策:ヘルメット内側に緊急連絡カード貼付(防水加工済み)+ 手旗信号の併用
効果:連絡時間が平均3分短縮

製造業B社の事例:

課題:夜勤時の管理者不在
解決策:無線機とサイレンを併用した多重連絡体制 + 自動119番通報システム
効果:夜間の対応遅れゼロを達成

2. 熱中症対応手順の法的義務

法的根拠と要求事項

労働安全衛生規則第612条の2第2項では、事業者に対して熱中症の悪化防止措置に関する手順の策定と周知を義務付けています。

対象作業の定義
WBGT値28℃以上または気温31℃以上で、かつ連続1時間以上または1日4時間を超えて実施される作業が対象となります。

法的義務の具体的要素

厚生労働省の「職場における熱中症予防対策マニュアル」に基づき、以下の要素を含む手順書の作成が求められています。

要素1:作業離脱に関する手順

労働者が熱中症の症状を訴えた場合、または症状が疑われる場合の作業離脱について、以下の項目を定める必要があります:

  • 症状発生時の判断基準と作業中止の手順
  • 代替要員の手配システム
  • 安全な移動経路の確保方法
  • 休憩場所への誘導手順

要素2:身体冷却に関する手順

厚生労働省のガイドラインに基づく身体冷却について、以下の項目を定める必要があります:

  • 冷却用具の配置場所と使用方法
  • 冷却実施場所の指定
  • 冷却方法の選択基準
  • 冷却効果の確認方法

重要な注意事項: 具体的な冷却方法や実施部位については、事前に産業医または医療従事者の指導を受け、企業の実情に応じた手順を策定してください。

要素3:医療機関への搬送に関する手順

症状の程度に応じた医療対応について、以下の項目を定める必要があります:

  • 医療機関受診の判断基準
  • 搬送方法の選択基準(自家用車、救急車等)
  • 搬送先医療機関の選定方法
  • 搬送時の付き添い体制

医学的判断に関する注意: 症状の重症度判定や医療機関受診の必要性については、医学的判断を伴うため、必ず産業医または医療機関との事前相談に基づいて基準を策定してください。

要素4:緊急連絡に関する手順

熱中症発生時の連絡体制について、以下の項目を定める必要があります:

  • 社内報告の連絡順序と方法
  • 医療機関への連絡手順
  • 家族への連絡タイミングと方法
  • 労働基準監督署への報告要件

手順書作成時の法的留意点

産業医との連携義務
労働安全衛生法第13条に基づき、50人以上の事業場では産業医の選任が義務付けられています。熱中症対応手順の策定においても、産業医の専門的意見を求めることが重要です。

記録保存義務
作成した手順書および実施記録については、労働安全衛生法に基づく適切な保存が必要です。また、手順の見直しや改善についても定期的に実施し、記録を残すことが求められます。

従業員への周知義務
策定した手順については、労働安全衛生規則第612条の2第3項に基づき、対象となるすべての労働者に周知する義務があります。雇用形態(正社員、パート、派遣等)に関係なく、すべての作業従事者が対象となります。

違反時のリスクと対応

法的責任

  • 刑事罰:6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金(労働安全衛生法第119条)
  • 民事責任:安全配慮義務違反による損害賠償責任
  • 行政処分:労働基準監督署による是正勧告・使用停止命令

企業リスクの軽減策
法的リスクを軽減するため、以下の対応を推奨します:

  • 厚生労働省の公式ガイドラインに準拠した手順書作成
  • 産業医または医療機関との事前相談による医学的妥当性の確保
  • 定期的な手順の見直しと改善
  • 適切な記録管理と保存

重要な補足事項
本項目で示した内容は、労働安全衛生法の要求事項に基づく一般的な指針です。具体的な対応手順の策定については、必ず産業医や医療従事者の専門的指導を受け、企業の実情に応じてカスタマイズしてください。医学的判断を伴う内容については、医療従事者の専門領域であることを十分にご理解ください。

3. 企業における対応フロー体制の構築

基本的な対応フローの構成

【STEP1:初期対応の実施】

  • 作業者の安全確保(作業中止・安全な場所への移動)
  • 現場責任者への即座の報告
  • 事前に策定した応急措置の実施

【STEP2:状況の評価と判断】

  • 産業医指導に基づく事前研修内容での状況確認
  • 医療機関への連絡要否の判断
  • 継続的な経過観察の実施

【STEP3:医療対応の実施】

  • 医療機関への連絡・受診調整
  • 必要に応じた救急搬送の手配
  • 家族・会社上層部への連絡

業種別カスタマイズのポイント

熱中症対策は、業種や作業環境によって直面するリスクや求められる対応が大きく異なります。ここでは、代表的な業種ごとの現場特有の課題と、実効性の高い対策例を具体的に解説します。

建設業の特殊事情と対策

建設現場では、高所作業や重機操作、移動式現場など多様な作業環境が存在します。発症時の安全確保や迅速な対応が特に重要です。

  • 高所作業中の症状発生時の安全確保
     高所で体調不良が起きた場合、転落など二次災害のリスクが高まります。作業者自身の無理な移動を避け、周囲が安全確保を最優先に対応することが重要です。
  • 重機操作中の緊急対応
     重機運転中の意識障害は、重大事故につながる恐れがあります。緊急停止プロトコルや自動停止装置、複数人での監視体制の整備が不可欠です。
  • 移動式作業現場での対応体制
     作業場所が頻繁に変わる現場では、救急用品や連絡手段を常に携行できる体制が求められます。移動式救急キットやGPS連動の通報システムの導入が有効です。
  • 単独作業時の発見・連絡体制
     単独作業者が異常を訴えられない場合もあるため、定時連絡やウェアラブルデバイスの活用が事故防止に役立ちます。

製造業の特殊事情と対策

製造現場では、高温環境や化学物質の使用、24時間操業など、複数のリスクが重なります。特に夜間や休日の対応体制の確保が課題です。

  • 高温環境での迅速な対応
     炉前作業などで急激に体温が上昇しやすいため、冷却場所への迅速な移動や冷房付き避難場所の設置、体温監視システムの導入が有効です。
  • 化学物質との複合的リスク
     熱中症と化学物質の影響が重なる現場では、リスク管理を徹底し、専門医療機関と事前に連携しておくことが重要です。
  • 24時間操業での医療体制確保
     夜間や休日も含めた緊急時の医療対応体制を整え、オンコール医師との契約や夜勤専用の緊急連絡体制を設けることが求められます。
  • 生産ライン停止時の影響
     生産ラインの停止が大きな影響を及ぼすため、代替要員の確保やローテーション勤務、自動化による作業負荷軽減などの工夫が必要です。

物流・倉庫業の特殊事情と対策

物流・倉庫業では、広範囲の作業エリアや単独作業、車両運転中の対応など、発見や初動対応の遅れが重大事故につながりやすい現場です。

  • 単独作業時の発見・対応
     単独作業者の異常発見が遅れやすいため、定時連絡システムやウェアラブルデバイス、AI画像解析による監視体制の導入が有効です。
  • 広範囲作業エリアでの管理
     広い現場では、エリアごとに責任者を配置し、移動式救急設備を備えることで迅速な対応が可能になります。
  • 配送時間制約下での対応
     配送スケジュールの厳しさから休憩が後回しになりがちですが、効率的な休憩スケジュールの導入や代替ドライバーの確保、顧客への事前説明が重要です。
  • 車両運転中の安全確保
     運転中に症状が発生した場合は、事前に安全な停車場所を確認し、車載の緊急通報システムを活用することが求められます。

食品工場の特殊事情と対策

食品工場では、衛生管理と熱中症対策の両立が求められます。作業服や作業環境が体温上昇を招きやすい点が特徴です。

  • 衛生管理との両立
     衛生服の着用が体温上昇を招くため、冷却機能付き衛生ベストや通気性の良い衛生服の採用、定期的な衣類交換、衛生区域内での冷却設備設置などの工夫が有効です。
  • 連続作業の制約
     生産ラインの連続稼働が求められる現場では、ローテーション勤務や自動化による作業負荷軽減、短時間休憩の頻度増加、予備要員の常時配置などによって、熱中症リスクを低減します。

このように、業種ごとに現場の特性やリスクを正しく把握し、それぞれに最適な対策を講じることが、熱中症による重大事故を防ぐために不可欠です。自社の現場に合わせて、実効性のある対策を検討・実施しましょう。

対応時間の目安設定

企業の実情に応じて、以下のような目標時間を設定することをおすすめします

基本的な目標時間

  • 異常発見から作業中止:30秒以内
  • 応急措置開始:2分以内
  • 医療機関への連絡判断:5分以内
  • 緊急時の119番通報:症状に応じて3分以内

時間設定の留意点

  • 企業規模や現場環境に応じた現実的な設定
  • 定期的な訓練による時間短縮の取り組み
  • 代替要員確保までの時間も考慮した計画

産業医との連携体制

事前準備における連携

  • 対応フロー策定時の専門的助言
  • 従業員向け研修プログラムの監修
  • 症状判定基準の明確化
  • 医療機関との連携体制構築

実際の対応時における連携

  • 症状評価に関する専門的判断
  • 医療機関受診の必要性判定
  • 職場復帰時の医学的評価
  • 再発防止策の医学的検討

継続的改善のための記録管理

必要な記録項目

  • 対応フロー実施記録
  • 対応時間の測定結果
  • 改善点の抽出と対策
  • 産業医による評価・助言内容

記録の活用方法

  • 月次・年次での対応体制見直し
  • 従業員研修内容の改善
  • 設備・備品配置の最適化
  • 他部署・他現場への水平展開

4. 必要備品・設備チェックリスト

基本備品の詳細仕様

▼冷却用品:

品目選定基準数量目安価格帯
瞬間冷却パック取扱説明書添付必須作業者数×2個200円/個
冷却タオル再使用可能素材作業者数×1枚800円/枚
保冷剤ゲル状・柔軟性10個/現場300円/個
氷嚢医療用・密閉性5個/現場1,500円/個

▼水分補給用品:

品目仕様数量目安価格帯
経口補水液厚生労働省推奨成分1人1日2本200円/本
スポーツドリンク塩分0.1-0.2%1人1日3本150円/本
塩分タブレット個包装1人1日5粒10円/粒

業種別必須アイテム

建設業:

  • 携帯型ミストファン(連続稼働8時間・防塵仕様)
  • 遮熱ヘルメット(内部温度5℃低下)
  • 冷却ベスト(保冷剤挿入式)
  • 移動式日陰テント(設営時間3分以内)

製造業:

  • 冷凍スポーツドリンク(-2℃で凍結しない特殊配合)
  • 工業用扇風機(風量30m³/分以上)
  • スポットクーラー(冷却能力2.5kW以上)
  • 冷風シャワー(水温15℃設定可能)

農業:

  • 遮熱シート(遮光率90%以上)
  • 体温監視デバイス(ウェアラブル型・アラート機能付き)
  • ミスト付き休憩ハウス(温度5℃低下効果)
  • UV遮断作業服(UPF50+)

5. 緊急連絡網作成のポイントと実践ツール

作成時に盛り込むべき主な項目例

  • 基本対応手順書(Word/PDF/Excel等で自社作成)
  • 重症度判定フローチャート
  • 冷却方法の詳細手順
  • 医療機関連絡先リスト(救急指定病院等)

業種ごとに考慮したいカスタマイズ例

  • 建設業向け(高所・重機対応を明記)
  • 製造業向け(高温環境・化学物質対応を明記)
  • 物流業向け(単独作業・時間制約対応を明記)
  • 農業向け(屋外・季節労働対応を明記)

多言語対応の工夫例

  • 英語、中国語、ベトナム語、韓国語などでの要点記載

緊急時のチェックリスト・記録例

  • 症状確認用チェックリスト
  • 対応記録用紙
  • 事後報告書の主な記載事項

実践ツールの活用方法例

  • 対応手順書は現場事務所に詳細版、作業場に簡易版(A4掲示)、救急箱や車両には携帯版を用意
  • 備品チェックリストは毎朝点検・週次補充・月次更新・季節前点検などで活用

デジタルツール活用のヒント

  • 体調管理や気象情報、緊急通報、社内一斉連絡・安否確認などの機能を持つシステムの導入も検討


各事業所の実情に合わせて、上記の項目例や構成を参考に自社用の書式・ツールを作成してください。

6. 実施後の効果測定と改善

効果測定の指標

定量的指標:

  • 熱中症発生件数(月次・年次)
  • 医療機関受診率(産業医判断による)
  • 対応時間(発見から処置開始まで)
  • 復帰期間(症状発生から職場復帰まで)

定性的指標:

  • 作業者の安心感(アンケート調査)
  • 管理者の対応能力向上
  • 職場の安全文化醸成

次回予告

最終回は「従業員への効果的な周知・教育方法」について、実際に理解し行動できる状態にするための教育プログラムの作り方から、多言語対応、記録管理まで詳しく解説します。


【参考資料・出典】 以下の資料を参考に作成しています
・厚生労働省「働く人の熱中症ガイド
・環境省「熱中症予防情報サイト」の各種資料
・日本救急医学会「熱中症診療ガイドライン2024
・労働安全衛生規則第612条の2(2025年6月1日施行)

【注意事項】
記載された応急処置方法は、厚生労働省のガイドラインに基づく一般的な内容です。
実際の対応については、事前に産業医や医療従事者の指導を受け、貴社の実情に応じた具体的な手順を策定してください。
症状の判定や医学的判断が必要な場合は、必ず医療機関にご相談ください。


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