大星ビル管理事件
ビル管理会社の従業員が、毎月数回、午前9時から翌朝9時までの24時間勤務をすることがあり、その間に合計2時間の休憩時間と、連続8時間の仮眠時間が与えられていました。ただし、この仮眠時間中は、ビルの仮眠室で待機をして、警報が鳴ったりしたときは直ちに所定の作業を行うことが義務付けられていました。
会社は、24時間勤務の仮眠時間中に突発的な作業を行ったときは、就業規則に基づいて、その時間に対して時間外勤務手当や深夜就業手当を支払っていました。しかし、仮眠時間中に作業を行わなかったときは、1回につき、2,300円の泊まり勤務手当を支払うだけで、時間外勤務手当や深夜就業手当を支払っていませんでした。
そこで、従業員が、仮眠時間中に作業を行ったかどうかにかかわらず、仮眠時間の全てが労働時間であるとして、仮眠時間に対する時間外勤務手当と深夜就業手当の支払いを求めて提訴しました。
争点・結論
本事件の主な争点は、仮眠時間が労働基準法上の労働時間に該当するか否か、そして労働時間に該当する場合に労働契約上の賃金請求権が発生するかという点でした。
最高裁は、労働時間とは労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいうとし、仮眠時間中に作業を行わなかった場合でも、仮眠室で待機し、警報や電話等に対して直ちに対応することが義務付けられている場合は、その時間は会社の指揮命令下に置かれているとして、労働基準法上の労働時間に当たると判断しました。
ただし、労働時間であるからといって、当然に労働契約所定の賃金請求権が発生するものではなく、当該労働契約において仮眠時間に対していかなる賃金を支払うものと合意されているかによって定まるものであるとしました。
判旨
最高裁判所第一小法廷は、平成14年2月28日に判決を言い渡し、次のように判示しました。
「労働基準法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めにより決定されるものではない。」
「仮眠時間について、労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、当該仮眠時間は、労働基準法上の労働時間に当たるというべきである。」
「労働基準法上の労働時間に該当する場合においても、当然に労働契約所定の賃金請求権が発生するものではなく、当該労働契約において仮眠時間に対していかなる賃金を支払うものと合意されているかによって定まるものである。」
解説
この判決は、仮眠時間の労働時間性について、会社の指揮命令下に置かれているか否かによって客観的に判断するという基本的な考え方を示した重要な判例です。
仮眠時間中に作業を行わないというだけでは、会社の指揮命令下に置かれていないとは言えず、仮眠時間中に労働から離れることが保障されていなければならないということを明らかにしました。また、仮眠時間に労働契約上の役務の提供が義務付けられている場合は、労働から離れることが保障されているとは言えず、仮眠時間は労働時間に当たるということを示しました。
一方で、労働基準法上の労働時間に該当するからといって、直ちに通常の賃金請求権が発生するわけではなく、労働契約での合意内容によって賃金の支払いが決まるとした点も重要です。本件では、不活動仮眠時間に対しては泊まり勤務手当のみを支払う合意があったと解釈されました。
この判決は、宿直・日直勤務や夜間警備など、待機的業務に従事する労働者の労働時間と賃金に関する重要な先例となっています。
関連条文
労働基準法第32条(労働時間)、第37条(時間外、休日及び深夜の割増賃金)、第41条(労働時間等に関する規定の適用除外)
大星ビル管理事件から学ぶべき事柄
- 仮眠時間が労働基準法上の労働時間に該当するか否かは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれているか否かによって客観的に判断される。
- 仮眠時間中に作業を行わないというだけでは、使用者の指揮命令下に置かれていないとは言えず、仮眠時間中に労働から離れることが保障されていなければならない。
- 仮眠時間に労働契約上の役務の提供が義務付けられている場合は、労働から離れることが保障されているとは言えず、仮眠時間は労働時間に当たる。
- 仮眠時間が労働時間であるからといって、当然に通常の賃金請求権が発生するものではなく、労働契約において仮眠時間に対していかなる賃金を支払うものと合意されているかによって定まる。
関連判例
- 三菱重工長崎造船所事件(最高裁平成12年3月9日):仮眠時間中に作業を行わなかった場合でも、仮眠室で待機し、警報や電話等に対して直ちに対応することが義務付けられている場合は、その時間は会社の指揮命令下に置かれているとして、労働基準法上の労働時間に当たるとした事例。
- ビソー工業事件(最高裁平成26年8月26日):仮眠時間中に作業を行わなかった場合でも、仮眠室で待機し、警報や電話等に対して直ちに対応することが義務付けられている場合は、その時間は会社の指揮命令下に置かれているとして、労働基準法上の労働時間に当たるとした事例。
注意すべき事柄
- 仮眠時間が労働基準法上の労働時間に該当するか否かは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれているか否かによって客観的に判断されることを認識する必要がある。
- 仮眠時間中に労働から離れることが保障されているか否かを確認し、必要に応じて労働条件の見直しや労働者との協議を行うことが重要である。
- 仮眠時間に労働契約上の役務の提供が義務付けられている場合は、労働時間に該当する可能性が高いことを認識し、適切な賃金の支払いや労働時間の管理を行う必要がある。
- 仮眠時間に対する賃金の取扱いについては、労働契約や就業規則等で明確に定めておくことが望ましい。
経営者・管理監督者の方へ
仮眠時間が労働時間に該当するかは、従業員が会社の指揮命令下に置かれているかどうかで判断されます。仮眠室で待機し、緊急時に即対応する義務があれば、労働時間とみなされる可能性が高くなります。
労働時間と評価された仮眠時間については、労基法上の割増賃金の支払い義務が発生する可能性があります。しかし、労働契約で別段の合意がある場合は、その合意内容に従った賃金の支払いが認められる場合もあります。
仮眠時間に対する賃金の取り扱いについては、就業規則などで従業員と明確な合意を交わしておくことが賢明です。不払いを前提とする場合でも、合理的な根拠が必要となります。
仮眠時間の運用を見直す際は、従業員への影響を十分に検討し、必要に応じて労働組合などと協議を尽くすことが不可欠です。
従業員の方へ
仮眠時間が労働時間に当たるかは、会社の指揮命令下にあったか否かで判断されます。仮眠室で緊急時の対応が義務付けられていた場合は、労働時間と評価される公算が高くなります。
仮眠時間が労働時間と認められれば、所定労働時間を超える部分について割増賃金の支払いを請求できる可能性があります。ただし、労働契約で別段の合意がある場合は、その合意内容が優先される場合もあります。
会社側が仮眠時間に対して特定の手当のみを支払う方針の場合、就業規則などで従業員の合意が得られているか、合理性があるかを確認する必要があります。
仮眠時間の取り扱いをめぐっては、従業員とのトラブル余地が大きいため、使用者側から十分な説明と協議が行われるべきです。納得がいかない場合は、労働組合や労基署に相談するなど、自身の権利を守る対応が求められます。
