最低限知っておきたい「労働時間管理」の基本と落とし穴

労働時間管理

知っておきたい「労働時間管理」

「うちは少人数の会社だし、労働時間管理なんてそれほど厳密にしなくても…」
「タイムカードはあるから、ひとまず安心」
そんな風に思っていませんか?

しかし、近年の働き方改革の流れを受け、労働時間の適正な管理はすべての企業にとって不可欠な経営課題となっています。
とくに中小企業では、制度や運用の「思い込み」や「慣習」が原因で、意図せず違法状態になっているケースも少なくありません。

実際、労働基準監督署への相談件数は増加傾向にあり、なかでも「未払い残業代」に関するトラブルが多くを占めています。特に従業員の退職後に、「実は2年分の残業代が未払いでした」と請求されるケースが急増しています。

「知らなかった」では済まされない時代。
ご安心ください。基本的なルールを押さえておけば、法的リスクは十分に軽減できます。

この連載では、労働時間管理の基礎をわかりやすく解説しつつ、中小企業に多い“うっかりミス”や誤解の典型例を取り上げ、実務に役立つ対策をご紹介していきます。

労働時間のルールを押さえる

1日8時間・週40時間の原則と休憩・休日の基本

労働基準法では、使用者は原則として1日に8時間、1週間に40時間を超えて労働させてはいけないと定められています。これが「法定労働時間」と呼ばれる基本ルールです。

休憩時間のルールも明確に決まっています

  • 労働時間が6時間を超える場合:45分以上の休憩
  • 労働時間が8時間を超える場合:1時間以上の休憩

休日についても、使用者は少なくとも毎週1日の休日か、4週間を通じて4日以上の休日を与えなければなりません。

これらのルールは「最低基準」であり、これを下回る条件で働かせることは法律違反となります。

残業が発生する場合の「36協定」とその上限(月45時間・年360時間)

法定労働時間を超えて働かせる場合、36協定(サブロク協定)の締結・提出が必要です。36協定なしに残業をさせることは違法行為となります。

36協定の上限規制は2019年4月の法改正で厳格化されました

  • 月45時間・年360時間が原則的な上限
  • この上限を超えると罰則の対象となる
  • 特別条項付きの36協定を締結すれば、年6回まで月45時間を超える残業が可能

例えば、1日の所定労働時間が8時間で土日祝休みの従業員が、平日に毎日2時間ずつ残業し、さらに土曜日に8時間出勤した場合、1ヶ月の残業時間は48時間となり、上限を超えてしまいます。

残業代の計算方法と深夜・休日の割増率

残業代の計算には、時間帯や曜日によって異なる割増率が適用されます。

基本的な割増率

  • 時間外労働:基本給の1.25倍以上
  • 深夜労働(22時〜翌朝5時):基本給の1.25倍以上
  • 休日労働:基本給の1.35倍以上

重複する場合の計算

  • 深夜残業:1.5倍(時間外1.25倍+深夜0.25倍)
  • 休日の深夜労働:1.6倍(休日1.35倍+深夜0.25倍)

計算例
時給1,200円の従業員が深夜に2時間残業した場合
1,200円×1.5×2時間=3,600円の割増賃金

「管理職でも残業代が必要?」よくある誤解と実務上の注意点

「管理職には残業代を支払わなくてよい」という話をよく耳にしますが、これは大きな誤解です。実際に、多くの中小企業でこの勘違いが原因でトラブルになっています。

よくある勘違いパターン

❌ 間違い:「課長だから残業代は出さない」
⭕ 正解:課長という肩書きがあっても、基本的には残業代が必要

❌ 間違い:「管理職手当を払っているから残業代は不要」
⭕ 正解:管理職手当と残業代は別物。手当があっても残業代は必要

❌ 間違い:「年俸制だから残業代は込み」
⭕ 正解:年俸制でも残業代は別途支払いが原則

具体的な事例

  • Aさん(営業課長):部下3名を管理しているが、出退勤時間は決まっており、遅刻すると注意される → 残業代が必要
  • Bさん(工場長):工場全体の責任者で、出退勤は自由。経営会議にも参加 → 残業代不要の可能性あり

法的な原則
管理職であっても、残業代を支給するのが原則です。例外的に残業代が不要となるのは、労働基準法上の「管理監督者」に該当する場合のみ。しかし、管理監督者の要件は非常に厳しく:

  1. 経営者と一体的な立場:採用・解雇・人事考課などの権限を持つ
  2. 出退勤の自由:遅刻・早退で給与が減額されない
  3. 相応の待遇:一般従業員より明らかに高い給与

実務でのチェックポイント

  • 「○○長」「○○主任」という肩書きだけで判断していませんか?
  • タイムカードを押して出退勤管理をしていませんか?
  • 一般従業員とそれほど給与が変わりませんか?

一つでも当てはまれば、残業代の支払いが必要な可能性が高いです。

安全な対応方法

  • 迷った場合は残業代を支払う
  • 管理監督者の判断は専門家に相談
  • 深夜割増賃金は管理監督者でも支払い義務がある

「うちの課長は管理職だから」という思い込みで、後から高額な未払い残業代を請求されるリスクを避けるためにも、慎重な判断が必要です。

中小企業で多い”うっかりミス”とリスク

「うちは小さい会社だから大丈夫」「従業員との関係も良好だし問題ない」そう思っていても、実は日常業務の中に労働時間管理の落とし穴が潜んでいます。特に中小企業では、以下のような「うっかりミス」が後々大きなトラブルに発展するケースが増えています。

タイムカードを押した後の業務、朝礼・掃除・研修の扱い

よくあるパターン

  • 「タイムカードを押してから片付けをして帰って」
  • 「朝礼前にタイムカードを押しておいて」
  • 「研修は業務じゃないから時間外で」

これらは全て労働時間管理の重大なミスです。

具体的な問題例

❌ 間違った対応

  • 17時にタイムカードを押させて、その後30分間の清掃作業
  • 8時30分始業だが、8時からの朝礼はタイムカード打刻前
  • 土曜日の研修を「自主参加」として無給で実施

⭕ 正しい理解

  • 清掃・片付け:会社の指示で行う作業は労働時間
  • 朝礼・終礼:業務に関する連絡事項は労働時間
  • 研修・会議:会社が参加を求めるものは労働時間

判断のポイント
「会社の指揮命令下で行われる活動かどうか」が基準です。従業員が自由に断れない活動は、基本的に労働時間となります。

実際の計算例
毎日15分の朝礼と15分の清掃を労働時間に含めなかった場合

  • 1日30分×20日=月10時間の未払い
  • 時給1,000円なら月12,500円(割増込み)の未払い
  • 2年間で約30万円の未払い残業代が発生

「みなし残業」の落とし穴

みなし残業制度(固定残業代制度)は、適切に運用すれば有効な制度ですが、間違った理解で導入している企業が非常に多いのが現実です。

よくある間違った運用

❌ 危険なパターン1:「何時間働いても残業代は固定」

  • 「みなし残業30時間分を支給しているから、50時間働いても追加の残業代は不要」
  • 正解:30時間を超えた分(20時間)は追加で支払いが必要

❌ 危険なパターン2:「基本給に含まれているから明確にしなくてOK」

  • 「基本給28万円(残業代込み)」という曖昧な表記
  • 正解:「基本給22万円+固定残業代6万円(30時間分)」と明確に分ける必要

❌ 危険なパターン3:「労働時間の管理は不要」

  • 「固定だから実際の労働時間は把握しなくてよい」
  • 正解:実労働時間の把握は必須。みなし時間を超えた分の支払い判断のため

適正な運用のための要件

  1. 基本給と残業代の明確な区分
  2. 対象となる残業時間数の明示
  3. 実労働時間の適切な把握
  4. みなし時間を超えた場合の追加支払い

具体的な事例
A社では「営業手当3万円」として支給していましたが、実際は20時間分の残業代のつもりでした。しかし、就業規則や雇用契約書に「残業代として」の記載がなかったため、労基署から「これは単なる手当であり、別途残業代の支払いが必要」と指導されました。

従業員からの未払い請求リスクと記録の重要性

近年、退職後の未払い残業代請求が急増しています。特に注意が必要なのは、従業員との関係が良好だった場合でも請求される可能性があることです。

請求が増加している背景

  • 労働者の権利意識の向上
  • 弁護士への相談ハードルの低下
  • インターネットでの情報収集の容易さ
  • 労働基準監督署の相談体制充実

未払い請求のリスク

  • 遡及期間:最大3年分の未払い残業代
  • 付加金:未払い額と同額の制裁金(労基署の判断)
  • 遅延損害金:年14.6%の利息
  • 弁護士費用:敗訴した場合の負担

記録の重要性
労働時間の記録は3年間の保管義務があります。記録がない場合、従業員の主張が認められやすくなるため、企業側が不利になります。

記録すべき内容

  • 出勤・退勤時刻
  • 休憩時間
  • 時間外労働時間
  • 休日労働時間
  • 深夜労働時間

記録方法の例

  • タイムカード(客観的記録として有効)
  • ICカード・生体認証
  • PCログ(起動・終了時刻)
  • 手書きの出勤簿(本人の署名・押印必須)

すぐできる基本対策(残業の許可制・業務量の見直し・雰囲気改善)

これらのリスクを避けるために、今すぐ実践できる対策をご紹介します。

1. 残業の事前許可制導入

具体的な手順

  1. 就業規則に明記:「時間外労働は事前の許可制とする」
  2. 許可申請の仕組み:簡単な申請書やメール申請
  3. 管理職への教育:許可の基準と責任の明確化
  4. 定期的な見直し:許可状況の月次チェック

導入のメリット

  • 不要な残業の削減
  • 労働時間の「見える化」
  • 管理職の意識向上
  • 法的リスクの軽減

2. 業務量と人員配置の定期見直し

チェックポイント

  • 月45時間超の従業員:業務内容と量の見直し
  • 特定の人への業務集中:業務分散の検討
  • 繁忙期の対応:事前の人員配置計画
  • 非効率な業務プロセス:改善余地の洗い出し

実践的な方法

  • 月1回の残業時間ランキング作成
  • 業務内容の棚卸し(何にどのくらい時間がかかるか)
  • 従業員へのヒアリング(困っていることはないか)
  • 業務の優先順位付け(やめられる業務はないか)

3. 働きやすい雰囲気作り

「帰りにくい雰囲気」の改善

❌ 改善が必要な状況

  • 上司が遅くまで残っている
  • 「お疲れ様」と言いにくい雰囲気
  • 定時で帰る人への無言のプレッシャー

⭕ 改善後の状況

  • 管理職が率先して定時退社
  • 「お疲れ様でした」の声かけ文化
  • 定時退社を評価する仕組み

具体的な取り組み例

  • ノー残業デーの設定(週1回でも効果的)
  • 定時退社推奨の声かけ(管理職から積極的に)
  • 残業理由の明確化(なぜ残業が必要なのか)
  • 有給取得の推奨(取得しやすい環境作り)

これらの対策は、大きなコストをかけずに今すぐ始められるものばかりです。完璧を目指さず、できることから少しずつ改善していくことが重要です。

次回は、これらの基本を踏まえて、より実践的な労働時間の「見える化」と管理方法について詳しく解説します。

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