日本シェーリング事件
日本シェーリング事件は、昭和61年(1986年)に最高裁判所で判決が下された労働事件です。この事件では、労働基準法上の権利行使を理由とする不利益取扱いの有効性が争われ、労働者の権利保護に関する重要な判断基準が示されました。
争点・結論
本事件の主要な争点は、稼働率80%以下の従業員を賃上げ対象から除外する労働協約条項(80%条項)の有効性でした。最高裁判所は、労働基準法上の権利に基づく不就労を稼働率算定に含める点について、公序良俗(民法第90条)に反し無効であるとの判断を示しました。
判旨
- 従業員の稼働率の低下を防止するために、稼働率が低い者に経済的利益を得られないようにする制度は、一応の経済的合理性がある。
- 労働基準法上の権利に基づかない不就労(従業員の都合による欠勤など)を稼働率算定に含めることは違法ではない。
- しかし、労働基準法上の権利に基づく不就労(産前産後休業、年次有給休暇など)を稼働率算定に含め、それにより経済的利益を得られないようにすることで権利行使を抑制し、労働基準法が労働者に権利を保障した趣旨を実質的に失わせる場合は、公序良俗に反し無効となる。
- 本件80%条項は、労働基準法上の権利に基づく不就労を含めて稼働率を算定している点で無効である。ただし、この部分のみが無効であり、従業員都合の欠勤等を算定対象とする部分は有効とされた。
解説
この判決は、労働者の権利保護と使用者の経営上の必要性のバランスについて重要な指針を示しました
- 権利行使の抑制効果:
労働基準法上の権利(産前産後休業、年次有給休暇など)の行使を理由に不利益を与えることは、権利行使を抑制し、法の趣旨を失わせる可能性があります。 - 経済的合理性の考慮:
従業員の稼働率向上を目的とした制度自体は、一定の経済的合理性が認められます。 - 不利益の程度:
本件では、賃上げ対象から除外されることによる経済的不利益が大きく、退職金にも影響する点が考慮されました。 - 一部無効の法理:
労働協約条項の一部が無効となっても、残りの部分は有効となる可能性があることが示されました。
関連条文
- 労働基準法第39条(年次有給休暇)
- 労働基準法第65条(産前産後)
- 労働基準法第67条(育児時間)
- 労働基準法第68条(生理日の就業が著しく困難な女性に対する措置)
- 民法第90条(公序良俗)
日本シェーリング事件から学ぶべき事柄
- 労働基準法上の権利行使を理由とする不利益取扱いは、公序良俗違反・解雇権濫用禁止に抵触します。
- 制度設計では、法定権利行使による不就労を評価対象から除外する必要があります。
- 労働協約や就業規則の部分的無効もあり得るため、条項ごとの整合性を確認しましょう。
関連判例
- 東朋学園事件(最高裁平成15年12月4日判決):育児休業取得を理由とする不利益取扱いが争われた事例
- 広島中央保健生協事件(最高裁平成26年10月23日判決):育児休業取得者の人事考課に関する事例
注意すべき事柄
使用者は、労働基準法上の権利行使を理由とする不利益取扱いを避けるべきです。また、稼働率や出勤率に基づく評価制度を設ける場合は、法定の権利行使による不就労を除外するなど、慎重な制度設計が求められます。
経営者・管理監督者の方へ
- 労働協約や就業規則の作成・改定時は、法定の権利行使を阻害しないよう注意してください。
- 評価制度や賃金制度の設計時は、法定の権利行使による不利益が生じないよう配慮してください。
- 従業員の権利行使状況を理由に不利益な取扱いをしていないか、定期的に点検してください。
従業員の方へ
- 労働基準法上の権利(年次有給休暇、産前産後休業など)は適切に行使してください。
- 権利行使を理由に不利益な取扱いを受けた場合は、労働組合や専門家に相談することを検討してください。
- 就業規則や労働協約の内容を確認し、不当な制限がないか注意してください。
