桐朋学園事件
この事件は、音楽学校で働く事務職員が直面した問題を扱っています。この職員は、法律で認められている産前産後休業と育児のための勤務時間短縮措置を利用しました。しかし、これらの休業や措置の利用により、職員の出勤率が90%未満となってしまいました。その結果、会社の規定により賞与が支給されないという事態に陥りました。この事例は、労働者の権利保護と企業の賃金制度の在り方について、重要な問題を提起することとなりました。
争点・結論
本件の中心的な争点は、賞与の支給要件として設定されていた「出勤率90%以上」という規定(90%条項)にありました。具体的には、この規定において産前産後休業や勤務時間短縮措置を欠勤扱いとすることが、公序良俗(社会の一般的な道徳観念)に反するかどうかが問題となりました。
この問題に対し、最高裁判所は慎重な検討を行いました。その結果、産前産後休業や勤務時間短縮措置を欠勤扱いとすることは、労働基準法や育児介護休業法の趣旨を実質的に無効にしてしまうものだと判断しました。具体的には、90%条項のうち、これらの休業や措置を欠勤扱いとする部分を無効としたのです。
この判決は、労働者の権利を保護し、それを支える法律の実効性を確保する上で、極めて重要な意義を持つものとなりました。
判旨
最高裁判所平成15年12月4日第一小法廷判決
最高裁判所は、この判決で以下のような重要な判断を示しました:
- 産前産後休業や育児のための勤務時間短縮措置は、労働者の権利として法律で保障されているものである。
- これらの権利行使を理由に賞与を支給しないことは、実質的に権利行使を抑制することになり、法の趣旨に反する。
- したがって、90%条項のうち、これらの休業や措置を欠勤扱いとする部分は公序良俗に反し、無効である。
この判断は、労働者の権利保護と企業の賃金制度の在り方について、重要な指針を示すものとなりました。
解説
産前産後休業や勤務時間短縮措置は、労働者の出産や育児を支援するために法律で認められた重要な権利です。これらの権利は、労働者の健康を守り、仕事と家庭の両立を支援するという、社会的に重要な目的を持っています。
しかし、これらの権利を行使することで賞与が支給されないという状況は、労働者に対して経済的な不利益を与えることになります。このような不利益は、法律で保障された権利の行使を実質的に妨げる効果を持ち、ひいては法律の目的を達成できなくしてしまう可能性があります。
そのため、最高裁判所は、このような取り扱いは公序良俗に反すると判断しました。この判断は、労働者の権利を守り、法律の効力を確実なものにする観点から、非常に重要な意味を持っています。
一方で、この判決は、賞与の支給額を計算する際に、産前産後休業や勤務時間短縮措置の期間分を減額の対象とすることは可能だとしています。これは、働いていない期間に対する賃金の請求権がないことを根拠としており、賞与の額を一定の範囲内で減額することは、公序良俗に反しないという判断です。
この部分の判断は、企業の賃金制度にある程度の柔軟性を認めるものであり、労働者と使用者双方の利益のバランスを考慮したものといえます。
関連条文:
- 労働基準法第65条(産前産後休業)
- 育児介護休業法第23条(勤務時間の短縮等)
桐朋学園事件から学ぶべき事柄
- 産前産後休業や勤務時間短縮措置を欠勤扱いとして賞与の支給要件から除外することは、公序良俗に反するとされました。この判断は、法律で保障された権利が確実に行使できるようにするために重要です。
- 一方で、産前産後休業や勤務時間短縮措置の期間を賞与の支給額の算定から減額することは、公序良俗に反しないとされました。これにより、企業は一定の範囲内で賞与額を調整することが可能です。
- 産前産後休業や勤務時間短縮措置の権利の行使を抑制するような規定や言動は避けるべきです。これは、労働者の権利を尊重し、働きやすい職場環境を整備する上で重要な点です。
関連判例
産前産後休業や育児休業を取得した労働者に対して、賞与の支給要件として出勤率90%以上とする規定(90%条項)を適用せず、賞与を支給した事案があります。
この事案では、90%条項は公序良俗に反するとされず、会社の裁量で賞与を支給したと判断されました。この判断は、企業が自主的に労働者の権利を尊重し、柔軟な対応を取ることの重要性を示唆しています。
注意すべき事柄
- 産前産後休業や勤務時間短縮措置を取得した労働者に対して、賞与の支給要件や支給額の算定方法を明確にすることが必要です。これにより、労働者と使用者の間で無用なトラブルを防ぐことができます。
- これらの制度を利用する労働者に対して、賞与の支給要件や支給額の算定方法を変更する場合は、事前に労働者に通知し、必要に応じて話し合いを持つことが望ましいです。情報を透明にし、労使の信頼関係を築くことが重要です。
- 産前産後休業や勤務時間短縮措置を取得した労働者に対して、賞与の支給要件や支給額の算定方法に関する不満や不安がある場合は、適切に対応し、労働者の理解を得ることが重要です。オープンなコミュニケーションを通じて、互いの立場を理解し合うことが大切です。
経営者・管理監督者の方へ
・産前産後休業や育児時間の取得は、労働者の法的権利です。これらを欠勤扱いして賞与の支給要件から除外することは、公序良俗違反となり無効です。この点を十分に理解し、適切な対応を取ることが求められます。
・ただし、産前産後休業や育児時間の期間分については、賞与の算定基礎から控除することは可能です。この際、控除の方法や程度について、労働者の理解を得られるよう丁寧な説明を行うことが重要です。
・就業規則などで賞与支給要件を定める場合は、産前産後休業や育児時間の取得を考慮した内容とする必要があります。法的に問題のない規定を設けることはもちろん、労働者の権利を尊重し、働きやすい職場環境づくりにつながる内容を心がけましょう。
・出産・育児と仕事の両立支援は企業の重要な社会的責任です。賞与支給要件が両立支援を妨げることのないよう、制度の見直しを検討しましょう。両立支援の充実は、優秀な人材の確保・定着にもつながります。
・法改正の動向に注意を払い、必要に応じて社内の規則や運用方法を見直すことが望まれます。労使で十分な話し合いを重ね、トラブル防止に努めましょう。円滑な労使関係の構築は、企業の持続的な発展につながります。
従業員の方へ
・産前産後休業や育児時間の取得は、あなたの法的権利です。会社は、これらを理由に賞与の支給を完全に拒むことはできません。自身の権利を理解し、必要に応じて適切に行使することが大切です。
・ただし、産前産後休業や育児時間の期間分については、賞与の算定基礎から控除される可能性があります。この点について疑問や不安がある場合は、人事部門や上司に確認を取ることをお勧めします。
・出産・育児を理由とした不当な減額があれば、労働組合や労働基準監督署に相談し、自身の権利を守ることが重要です。一人で悩まず、適切なサポートを受けることが解決への近道となります。
・制度の不備を感じた場合は、会社に賃金・賞与規定の是正を申し入れるなど、積極的に改善を求めていきましょう。建設的な提案は、より良い職場環境づくりにつながります。
・最新の法改正の動きにも注意を払い、自身の権利を守るための対策を事前に考えておくことをお勧めします。知識を身につけることで、より適切に自身の権利を守ることができます。
