ネスレジャパン事件
ネスレジャパン事件は、平成13年(2001年)9月27日に東京高裁で判決が下された労働事件です。
この事件では、工場長による退職願の受理権限と、受理後の退職願撤回の可否について争われました。退職願の効力と受理権限に関する重要な判断基準を示した判例として知られています。
争点・結論
本事件の主な争点は以下の2点でした:
- 工場長による退職願の受理が会社による承諾とみなされるか
- 退職願受理後の撤回が認められるか
東京高裁は、工場長には当該工場勤務労働者の退職願を受理・承認する権限があると認め、その受理により雇用契約の合意解約が成立したと判断しました。また、権限ある者による受理後の退職願の撤回は原則として認められないとしました。
本件では、労働者が工場長に退職願を提出し、工場長がこれを受理して退職日を記載した退職通知書を交付しました。その後、労働者が退職の意思を撤回しようとしましたが、会社は撤回を認めず、退職の効力を主張した事案です。
判旨
東京高裁は以下のように判示しました
- 「当該企業の各工場長には、当該工場勤務の労働者からの退職願を受理・承認して労働契約合意解約の申込みに対する承諾の意思表示をする権限があると認められる。」
- 「退職願が権限ある者により受理された場合、その時点で雇用契約の合意解約が成立し、その後の撤回は原則として認められない。」
裁判所は、工場長が退職願を受理し退職通知書を交付した時点で、労働契約の合意解約が成立したと判断しました。退職願は労働契約の合意解約の申込みであり、これに対する会社の承諾があった場合、民法上の契約として成立し、一方的な撤回はできないと解されます。
解説
この判決は、退職願の受理権限と効力に関する重要な基準を示したものとして重要です。特に以下の点が注目されます:
- 事業所の長である工場長にも退職願の受理・承認権限があることを認めた。
- 権限ある者による受理により即時に退職の効力が発生することを明確にした。
- 退職願受理後の撤回は原則として認められないとした。
これにより、退職の意思表示とその効力について、より明確な基準が示されました。
実務上は、退職願と退職届の区別(退職願は合意解約の申込み、退職届は一方的な解約の通知)を理解し、適切に運用することが重要です。
関連条文
- 民法第627条(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)
- 労働契約法第16条(解雇権の濫用)
ネスレジャパン事件から学ぶべき事柄
- 退職願の受理権限は、必ずしも本社人事部門だけでなく、各事業所の長にも認められる可能性がある。
- 退職願が権限ある者に受理されると、即時に効力が発生し、原則として撤回できない。
- 労働者は退職の意思表示を慎重に行う必要がある。
関連判例
- 大隈鐵工所事件(最高裁昭和62年9月18日判決):
退職の意思表示の解釈について判断した事例。退職の意思表示は、諸般の事情を総合的に考慮して判断すべきとした。 - 岡山電気軌道事件(岡山地裁平成3年11月19日判決):
退職願の撤回可能性について判断した事例。退職願が受理されても直ちに労働契約が終了するわけではなく、諸事情により撤回が認められる場合があるとした。
注意すべき事柄
退職願の提出と受理に関しては、提出先の権限の有無を確認する必要があります。
本判決により、工場長等の事業所長にも退職願の受理・承認権限が認められる可能性が示されました。
退職願の受理後は原則として撤回できないため、提出の際は慎重な判断が求められます。
ただし、錯誤、詐欺、強迫等の意思表示の瑕疵がある場合や、受理前であれば撤回が認められる余地があります。
経営者・管理監督者の方へ
- 各事業所における退職願受理権限者を明確にしてください。
- 退職願受理後の手続きを文書で残してください。
- 受理権限の範囲を社内規定で明確化してください。
- 退職通知書の交付を確実に行ってください。
従業員の方へ
- 退職願は正しい権限者に提出してください。
- 権限ある者による受理後の撤回は原則できないことを理解してください。
- 退職に関する通知書は必ず保管してください。
- 退職の意思表示は慎重に行ってください。
