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過労うつで1億円超の賠償も!メンタルヘルス関連裁判例と企業責任
皆さん、こんにちは。今回は、近年急増している「メンタルヘルス関連の裁判例」に焦点を当て、企業の安全配慮義務と具体的な対応策についてご紹介します。
「うちの会社は残業も少ないし、メンタルヘルス問題とは無縁」「社員の心の問題まで会社が責任を負うのは難しい」といった声をよく耳にします。しかし、実際の裁判例を見ると、企業の安全配慮義務はメンタルヘルスにも及び、その責任範囲は年々拡大しています。
今回は、実際の判例から学ぶメンタルヘルス対策と、明日から実践できるチェックポイントをご紹介します。高額賠償のリスクから会社を守るための具体策をぜひ参考にしてください。
月80時間超の残業によるうつ病発症事例(警察官の過労自殺事件)
事案の概要
警察官(当時31歳・男性)が、交番長として過重な業務に従事した結果、精神疾患を発症し、最終的に自殺に至りました。
死亡直前の1か月間の時間外勤務は117時間を超え、14日間の連続勤務を2回にわたり行っていました。
遺族が県に対して安全配慮義務違反を理由に損害賠償を請求した事案です。
裁判所の判断
裁判所は、県の安全配慮義務違反を認め、約1億円という高額な賠償を命じました。判決の主なポイントは以下の通りです。
- 長時間労働の実態:月80時間を超える時間外労働が継続していたこと
- 過重な業務:14日間の連続勤務を2回にわたり行うなど、質的にも過重な業務であったこと
- 因果関係の認定:過重な業務が精神疾患の発症及びこれによる自殺という結果を招いたという高度の蓋然性が認められること
- 予見可能性:月45時間を超える残業が続けば健康障害が生じる可能性があることは、使用者として当然認識すべきこと
特に注目すべきは、「月80時間超の残業」が「過労死ライン」として明確に認定され、この水準を超える労働を放置した企業の責任が厳しく問われた点です。
実務上のポイント
この判例から学ぶべき重要なポイントは次の3つです。
- 労働時間の適切な把握と管理:タイムカードやPCログなど、客観的な記録に基づく労働時間管理が必須です。「自己申告制」だけでは不十分とされる傾向にあります。
- 月45時間・80時間の基準値を意識:月45時間を超える残業が続く場合は注意信号、80時間を超える場合は赤信号と捉え、即座に対応策を講じる必要があります。
- 具体的な負担軽減措置の実施:長時間労働を把握した場合、単に「体調に気をつけて」と声をかけるだけでは不十分です。業務分担の見直し、応援体制の構築、納期調整など、具体的な負担軽減措置が求められます。
「忙しい時期だから仕方ない」「本人が大丈夫と言っている」という判断は、安全配慮義務違反のリスクを高めることになります。客観的な労働時間データに基づく管理と対応が重要です。
パワハラによる精神疾患発症の賠償事例(大阪地裁平成30年10月判決)
事案の概要
貨物自動車運送業や倉庫業等を目的とする会社の物流事務所に勤務していた従業員(当時24〜25歳・男性)が、上司(当時45歳前後・男性)から継続的なパワーハラスメントを受け、精神障害を発症して休業するに至りました。従業員が会社と上司に対して、安全配慮義務違反と不法行為に基づく損害賠償を請求した事案です。
パワハラの具体的内容
裁判で認定されたパワハラ行為は以下の通りです。
- 他の従業員の前での大声での叱責(「こんなこともできないのか」「やる気がないなら帰れ」などの発言)
- 身体的暴力(安全靴で蹴る、胸倉をつかむなど)
- 威圧的行為(定規で机を叩く、県外へ行くよう命じるなど)
- 業務上の指導をほとんどしないこと
裁判所の判断
裁判所は、上司のパワハラ行為と会社の対応不備を認め、高額の賠償を命じました。判決の主なポイントは以下の通りです。
- パワハラ行為の悪質性:業務上の指導の範囲を明らかに超えた人格否定・尊厳侵害行為であること
- 会社の対応不備:被害者からの相談があったにもかかわらず、実効性のある対応を取らなかったこと
- 因果関係の認定:パワハラ行為と精神疾患の発症との間に因果関係があること
- 予見可能性:被害者の体調不良や勤務状況の変化から、メンタルヘルス不調を予見できたこと
特に重視されたのは、被害者が相談していたにもかかわらず、会社が具体的な改善策を講じなかった点です。「様子を見ましょう」「もう少し頑張ってください」といった対応が、会社の責任を重くする要因となりました。
実務上のポイント
この判例から学ぶべき重要なポイントは次の3つです。
- 相談窓口の実効性確保:単に相談窓口を設置するだけでなく、相談があった場合の対応フローを明確にし、実効性のある対応を取ることが重要です。
- 客観的事実の収集と記録:パワハラの申し出があった場合、関係者からの聞き取りや客観的証拠(メール、業務記録など)の収集を行い、適切に記録することが必要です。
- 迅速な対応と分離措置:パワハラの可能性がある場合、被害者と加害者の関係性を一時的に分離するなど、迅速な対応が求められます。
「上司と部下の問題だから」「本人同士で解決すべき」という姿勢は、企業責任を重くするリスクがあります。組織として毅然とした対応を取ることが重要です。
長時間労働と安全配慮義務の関係性
長時間労働とメンタルヘルス不調には密接な関係があり、企業の安全配慮義務の重要な要素となっています。ここでは、法的観点から見た長時間労働と安全配慮義務の関係について解説します。
法的基準と企業責任
労働時間に関する法的基準と企業責任の関係は以下の通りです。
時間外労働の法的基準:
- 法定上限:月45時間、年360時間(原則)
- 特別条項適用時の上限:月100時間未満、複数月平均80時間以内
- 過労死ライン:月80時間超の時間外労働
企業の安全配慮義務との関係:
- 法定上限内であっても、長時間労働によってメンタルヘルス不調が生じた場合、安全配慮義務違反が問われる可能性があります。
- 特に「過労死ライン」を超える残業が継続した場合、企業の予見可能性が高いと判断される傾向にあります。
- 36協定を締結していても、健康障害を防止する義務は免除されません。
具体的な対応策
長時間労働に関する安全配慮義務を果たすための具体的な対応策をご紹介します。
- 労働時間の適切な把握:
- 客観的な記録(タイムカード、PCログなど)による労働時間管理
- テレワーク時の労働時間把握(ログイン・ログアウト記録など)
- 「見なし残業」制度を採用している場合も実労働時間の把握が必要
- 長時間労働者への対応:
- 月45時間超:面談と業務状況の確認
- 月80時間超:産業医面談と業務負担軽減措置
- 連続した長時間労働:強制的な休息期間の設定
- 組織的な取り組み:
- 特定の従業員に業務が集中しない仕組みづくり
- 業務の平準化と効率化の推進
- 長時間労働を評価しない人事評価制度への転換
「残業代を払っているから問題ない」「本人が望んで残業している」という認識は、安全配慮義務の観点からは通用しません。健康管理を優先する組織文化の醸成が重要です。
「予見可能性」の判断基準
メンタルヘルス関連の裁判では、企業の「予見可能性」(従業員のメンタルヘルス不調を予見できたか)が重要な判断基準となります。ここでは、裁判例から見る予見可能性の判断基準をご紹介します。
主な判断材料
裁判所が予見可能性を判断する際の主な材料は以下の通りです。
- 残業時間のデータ:
- 月45時間を超える残業が継続しているか
- 過労死ライン(月80時間超)に達しているか
- 急激な残業時間の増加があったか
- 面談記録の内容:
- 体調不良の訴え(頭痛、不眠、食欲不振など)があったか
- 業務負担に関する相談があったか
- 上司や同僚との関係性に関する悩みがあったか
- 健康診断の結果:
- 血圧上昇などの身体的変化があったか
- 問診票に心身の不調の記載があったか
- 産業医からの指摘や助言があったか
- 勤務状況の変化:
- 遅刻や欠勤が増加したか
- 業務効率や成果に変化があったか
- 表情や言動に変化があったか
これらの情報が記録として残されていると、「会社は従業員のメンタルヘルス不調を予見できた(または予見すべきだった)」と判断される可能性が高まります。
予見可能性を高める要素
特に以下の要素がある場合、予見可能性が高いと判断される傾向にあります。
- 複数の警告信号:残業時間の増加と体調不良の訴えが重なるなど、複数の警告信号がある場合
- 継続性:一時的ではなく、数ヶ月にわたって問題が継続している場合
- 明確な訴え:従業員から直接的な体調不良や業務負担の訴えがあった場合
- 専門家の指摘:産業医や保健師から注意喚起があった場合
記録の重要性
予見可能性の判断において、「記録」の存在が極めて重要です。口頭でのやり取りだけでは、後から「そのような話はなかった」と争われる可能性があります。以下の記録を適切に保管することが重要です。
- 労働時間データ(少なくとも3年間)
- 面談記録(日時、場所、参加者、内容、対応策を具体的に記録)
- 健康診断結果と事後措置の記録
- ストレスチェック結果と高ストレス者への対応記録
「記録がない」ことは、「対応しなかった」と同様に判断されるリスクがあります。日頃からの適切な記録管理が重要です。
メンタルヘルス不調の早期発見と適切な対応
メンタルヘルス不調は、早期発見・早期対応が重要です。ここでは、実務的な早期発見の方法と適切な対応策をご紹介します。
早期発見のポイント
メンタルヘルス不調の早期発見には、以下のような取り組みが効果的です。
- 定期的なストレスチェック:
- 法定の年1回に加え、繁忙期前後など、適宜実施する
- 結果の経時変化を分析し、ストレス増加傾向を把握する
- 部署別・職種別の分析で、組織的な問題を発見する
- 管理職による日常観察:
- 表情、言動、勤務態度の変化に注意を払う
- 1on1ミーティングなどで定期的なコミュニケーションを図る
- 「いつもと違う」変化に敏感になる訓練を行う
- 客観的データの活用:
- 残業時間の推移
- 休暇取得状況
- 業務成果の変化
- 勤怠状況(遅刻・早退・欠勤の増加)
- 相談しやすい環境づくり:
- 複数の相談窓口の設置(上司、人事、産業医、外部EAPなど)
- 相談内容の秘密保持の徹底
- 相談したことによる不利益取扱いの禁止
これらの取り組みを組み合わせることで、メンタルヘルス不調のサインを早期に発見できる可能性が高まります。
適切な対応策
メンタルヘルス不調のサインを発見した場合の適切な対応策は以下の通りです。
- 初期対応:
- 丁寧な傾聴(批判や否定をせず、共感的に聴く)
- 状況の正確な把握(業務内容、労働時間、人間関係など)
- 産業医や専門家への相談の勧奨
- 業務調整:
- 業務量の適正化(一時的な業務軽減、応援体制の構築など)
- 業務内容の調整(ストレス要因となっている業務の見直し)
- 勤務時間の調整(時差出勤、短時間勤務など)
- 専門的支援:
- 産業医面談の設定
- 外部医療機関の紹介
- EAP(従業員支援プログラム)の活用
- 継続的なフォロー:
- 定期的な面談による状況確認
- 段階的な業務復帰計画の策定(休職した場合)
- 職場環境の改善(ストレス要因の除去)
対応の際に重要なのは、「個人の問題」として片付けるのではなく、「職場環境の問題」として捉える視点です。個人の努力や根性に頼るのではなく、組織として支援する姿勢が重要です。
最低限ここだけはやっておきたい!実務チェックポイント
メンタルヘルス対策として、最低限押さえておきたいポイントを3つご紹介します。
1. 労働時間管理の状況
労働時間の適切な把握と管理は、メンタルヘルス対策の基本です。
チェックポイント:
- 客観的な方法(タイムカード、ICカード、PCログなど)で労働時間を把握している
- 月45時間、80時間などの基準値を超える従業員を自動的に抽出できる仕組みがある
- 長時間労働者に対する面談と負担軽減措置の手順が明確になっている
- テレワーク勤務者の労働時間も適切に把握している
- 管理職も含めて、全従業員の労働時間を管理している
「うちは裁量労働制だから」「管理職だから」という理由で労働時間管理を怠ると、安全配慮義務違反のリスクが高まります。全従業員の労働時間を適切に把握することが重要です。
2. ストレスチェックの実施状況
ストレスチェックは、メンタルヘルス不調の早期発見に有効なツールです。
チェックポイント:
- 法定のストレスチェックを確実に実施している(50人未満の事業場も実施が望ましい)
- 高ストレス者に対する面談勧奨と事後フォローの手順が明確になっている
- 集団分析を実施し、職場環境改善に活用している
- ストレスチェック結果の経年変化を分析している
- プライバシーに配慮した実施体制が整っている
ストレスチェックは「実施すること」が目的ではなく、結果を活用して「職場環境を改善すること」「高ストレス者をサポートすること」が本来の目的です。形式的な実施にとどまらず、実効性のある取り組みが重要です。
3. 面談記録の保管状況
面談記録は、安全配慮義務を果たしていることの重要な証拠となります。
チェックポイント:
- 労働時間や健康状態に関する面談の記録を適切に作成している
- 面談記録には日時、場所、参加者、内容、対応策が具体的に記載されている
- 面談記録は適切に保管され、必要な関係者がアクセスできる状態になっている
- プライバシーに配慮した保管方法が確立されている
- 面談後のフォローアップ状況も記録している
面談記録は「いつ」「誰が」「何を」「どのように」対応したかを具体的に記録することが重要です。「面談しました」という事実だけでなく、具体的な内容と対応策を記録しておくことで、安全配慮義務を果たしていることの証拠となります。
これらのチェックポイントは、特別な予算や人員がなくても実施可能なものです。まずは「できることから始める」という姿勢が重要です。
まとめ
メンタルヘルス関連の裁判例から学ぶ重要なポイントをおさらいしましょう。
- 長時間労働のリスク:月45時間を超える残業が継続する場合は注意信号、80時間を超える場合は赤信号と捉え、具体的な負担軽減措置が必要です。
- パワハラ対応の重要性:パワハラの訴えがあった場合、「様子を見る」ではなく、具体的かつ迅速な対応が求められます。
- 予見可能性の判断基準:残業時間、面談記録、健康診断結果、勤務状況の変化などから、メンタルヘルス不調を予見できたかどうかが判断されます。
- 記録の重要性:労働時間データ、面談記録、健康診断結果などの適切な記録と保管が、安全配慮義務を果たしていることの証拠となります。
- 早期発見と適切な対応:ストレスチェック、管理職による観察、客観的データの活用などで早期発見し、適切に対応することが重要です。
メンタルヘルス対策は、「従業員のため」であると同時に「企業を守るため」でもあります。高額賠償リスクから会社を守るためにも、適切な対策を講じることが重要です。
次回は、業種別のメンタルヘルス対策について、IT・医療業界に焦点を当ててご紹介します。皆さんの職場の安全確保とリスク管理にお役立ていただければ幸いです。
ご不明な点や個別のご相談があれば、いつでもお気軽にご連絡ください。

