正社員と定年嘱託社員の賃金格差【長澤運輸事件】

長澤運輸株式会社(以下、N社)は、セメント、液化ガス、食品などの輸送事業を営んでいる。N社には、正社員としてバラセメントタンク車の乗務員を務めていた3名の労働者(以下、X)がいた。Xは、60歳で定年退職した後、N社に再雇用され、1年間の有期契約により嘱託乗務員となった。嘱託乗務員になったことにより、Xの年収は、正社員のときと比べて約79%に引き下げられた。Xは、この賃金の引き下げは、労働契約法第20条に違反するとして、N社に対して差額賃金の支払いを求めて訴えた。

争点・結論

労働契約法第20条は、有期契約の労働者の労働条件が、期間の定めがあることにより無期契約の労働者の労働条件と相違する場合においては、その相違が不合理であってはならないと定めている。本件では、Xの仕事内容や配置の変更の範囲は、正社員のときと同じであったが、賃金については、正社員と嘱託乗務員とで異なる体系が採用されていた。最高裁判所は、N社の賃金体系について、精勤手当と時間外手当を除き、不合理ではないと判断した。精勤手当については、皆勤を奨励する必要性に相違がないにもかかわらず、嘱託乗務員に支給されないことは不合理であるとした。時間外手当については、精勤手当の不支給による不合理性の帰結として、算定基礎賃金に精勤手当を含めないことは不合理であるとした。

判旨

最高裁判所平成30年6月1日第3小法廷判決

解説

労働契約法第20条の適用範囲と判断基準に関する重要な判例である。労働契約法第20条は、同一労働同一賃金の原則を具体化したものであり、有期契約の労働者に対する差別的な取扱いを禁止している。しかし、この条文は、無期契約の労働者と有期契約の労働者との間に一切の相違を認めないものではなく、相違が不合理でないことが必要であるとしている。不合理でないことの判断は、労働者の職務の内容や配置の変更の範囲などを考慮することになっているが、具体的にどのような事情を考慮すべきかは、条文に明示されていない。そのため、裁判所は、事案ごとに個別具体的に判断する必要がある。

本件では、最高裁判所は、N社の賃金体系について、以下のような事情を考慮して、不合理でないと判断した。
嘱託乗務員の基本賃金は、定年退職時の基本給を上回っていた。
嘱託乗務員の歩合給に係る係数は、正社員の能率給に係る係数の約2倍から約3倍に設定されていた。
N社は、労働組合との団体交渉を経て、嘱託乗務員の基本賃金を増額し、歩合給に係る係数の一部を嘱託乗務員に有利に変更した。
嘱託乗務員の賃金体系は、収入の安定に配慮しながら、労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫したものであった。
正社員と嘱託乗務員との間の賃金の差は、2%~12%に留まっていた。
嘱託乗務員は、老齢厚生年金の支給を受けることができる上、老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間、N社から調整給を支給されることとなっていた。
住宅手当や家族手当は、労働者の生活に関する諸事情を考慮することになるものであり、正社員には幅広い世代の労働者が存在し得るのに対し、嘱託乗務員は定年退職後に再雇用された者であることから、両者の間で支給の有無に相違があっても不合理ではないとした。

関連条文:労働契約法第20条(有期契約の労働者の労働条件の相違)、民法第1条(信義則)、民法第90条(権利の濫用)

長澤運輸事件から学ぶべき事柄

定年退職後に再雇用された労働者の賃金は、正社員と比べて不合理に低くなってはならないとされた。
不合理でないことの判断は、仕事内容や配置の変更の範囲、賃金体系の合理性や公正性、労働者の受ける不利益の程度などを考慮するとされた。
本件では、精勤手当と時間外手当について、不合理な賃金の引き下げがあったと認められた。

関連判例

定年退職後に再雇用された労働者の賃金は、正社員と比べて不合理に低くなっていないとされた事案です。

注意すべき事柄

再雇用制度を導入する場合は、再雇用された労働者の労働条件を明確にすることが重要です。
再雇用された労働者の賃金は、正社員との間に不合理な差が生じないように配慮することが望ましいです。
再雇用された労働者の賃金については、労働組合や労働者との協議を行い、合意に基づいて決定することが必要です。

経営者・管理監督者の方へ

・定年退職後に再雇用される有期契約労働者の賃金は、無期契約の正社員と不合理な格差があってはなりません。その際、労働者の職務内容や配置の変更範囲を十分に考慮する必要があります。

・再雇用労働者の賃金体系を設計する際は、基本給、諸手当、賞与など個別の項目ごとに不合理性がないかを検証することが重要です。単に一時金で調整するのではなく、項目ごとの合理性を確保しましょう。

・再雇用労働者とその他の労働者間での、賃金水準の均衡や公正性にも十分に配慮が必要です。過度の格差は不合理と判断される可能性があります。

・再雇用労働者の賃金決定に際しては、労働組合などの労働者代表と誠実に団体交渉を行い、合意形成に努めることが賢明です。一方的な決定は望ましくありません。

・賃金以外の労働条件についても、再雇用労働者と正社員との間で不合理な格差が生じていないか、常に点検を怠らないようにしましょう。

従業員の方へ

・定年退職後に有期契約で再雇用された場合でも、正社員時代と比べて不合理に賃金が引き下げられることは法律で禁止されています。合理的な格差であれば認められますが、著しい格差は問題となります。

・再雇用時の労働条件をよく確認し、仕事の内容や配置に変更がなければ、賃金が不当に下げられていないかを吟味する必要があります。基本給はもちろん、諸手当や賞与など個別の項目で不合理がないかを精査しましょう。

・賃金の決定経緯に納得がいかない場合は、会社側に再考を求めるとともに、労働組合などを通じて団体交渉に移行することも検討すべきでしょう。

・状況次第では、個々の労働条件の相違が不合理であるとして、賃金の賃金引き上げや差額の支払いを請求できる可能性があります。

・正社員との公正な待遇の確保は、再雇用制度の健全な運用の根幹です。使用者と従業員がお互いの立場を尊重し合い、建設的な対話を通じて合理的な賃金決定に努めることが何より大切です。

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