現場の悩みを解決!建設業における就業規則の重要性【建設業と就業規則】1

現場でこんな悩みはありませんか?

朝7時から夜10時まで働いているが、これって法的に大丈夫?

「うちの現場では朝7時から夜10時まで働くのが当たり前になっているんですが、これって法的に問題ないんでしょうか?」このような相談を受けることが非常に多くなっています。建設業界では長時間労働が常態化しており、多くの経営者や現場責任者が「これで本当に大丈夫なのか?」という不安を抱えながらも、具体的にどう対処すればよいかわからないのが実情です。

長時間労働の常態化に対する不安

建設業の現場では、工期の都合や人手不足により、1日15時間を超える労働が珍しくありません。しかし、2024年4月から建設業にも時間外労働の上限規制が適用され、これまでの働き方では確実に法令違反となってしまいます。「今まで通りやっていたら、いつの間にか法律違反になっていた」という事態が実際に多発しており、労働基準監督署からの是正指導を受ける建設業者が急増しています。

特に深刻なのは、長時間労働により従業員の健康状態が悪化し、労働災害のリスクが高まることです。疲労の蓄積により注意力が散漫になり、重大な事故につながる可能性が格段に高くなります。また、若手作業員の離職率も高く、「こんなに働かされるなら他の業界に行く」という声も聞かれるようになっています。

36協定の存在すら知らない現場責任者の実情

驚くべきことに、建設業の現場責任者の中には「36協定って何ですか?」という方が少なくありません。法定労働時間を超えて働かせるためには36協定の締結・届出が必須であることを知らずに、長時間労働を続けている現場が数多く存在します。「残業させるのに手続きが必要だったなんて知らなかった」という声は決して珍しくありません。

36協定を締結していない状態で時間外労働をさせることは、労働基準法違反となり、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金という重い刑事罰の対象となります。「知らなかった」では済まされない重大な法令違反であり、会社の信用失墜や事業継続にも大きな影響を与える可能性があります。

「建設業だから仕方ない」という思い込みの危険性

「建設業は昔からこういうもの」「工期があるから仕方ない」「発注者の都合に合わせるしかない」といった思い込みは非常に危険です。確かに建設業には他業種にはない特殊事情がありますが、だからといって労働基準法を無視してよいということにはなりません。

むしろ、建設業特有の事情があるからこそ、適切な就業規則の整備により、法令遵守と現場運用の両立を図ることが重要です。「建設業だから」という理由で法令違反を続けていると、最終的には事業継続が困難になってしまいます。

雨の日に作業中止になったとき、給料はどうすればいい?

「今日は雨で現場が中止になりました。作業員の給料はどうすればいいんでしょうか?」建設業では天候に左右される作業が多く、このような相談が頻繁に寄せられます。特に梅雨時期や台風シーズンには、連日の作業中止により「給料の支払いはどうなるのか」という問題が深刻化します。

天候による作業中断時の賃金支払い義務

多くの建設業者が誤解していることですが、雨天による作業中止であっても、労働基準法第26条により「使用者の責に帰すべき事由による休業」として、平均賃金の60%以上の休業手当を支払う義務があります。「天気のことだから会社の責任じゃない」と考えがちですが、法的には会社が休業手当を支払わなければならないのが原則です。

ただし、台風や大雪などの天災地変の場合は「不可抗力」として休業手当の支払い義務はありません。しかし、単なる雨や風程度では天災地変とは認められず、休業手当の支払いが必要となるケースがほとんどです。この判断基準が曖昧なため、多くの経営者が頭を悩ませています。

休業手当の計算方法がわからない経営者の悩み

「休業手当の計算方法がよくわからない」という相談も非常に多く受けます。休業手当は「平均賃金の60%以上」と定められていますが、この平均賃金の計算が複雑で、多くの経営者が正確な計算方法を理解していません。

平均賃金は、休業した日以前3か月間に支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で割って算出します。ただし、基本給だけでなく各種手当も含めて計算する必要があり、現場手当や資格手当なども算定基礎に含まれます。「基本給だけで計算していたら、労働基準監督署から指導を受けた」という事例も報告されています。

労働者からの「給料もらえないの?」という質問への対応

雨天中止の際に作業員から「今日の給料はもらえないんですか?」と質問されて、どう答えてよいかわからないという現場責任者の声をよく聞きます。適切な説明ができないと、労働者の不信や不満につながり、離職率の上昇や労使トラブルの原因となってしまいます。

就業規則に雨天時の取扱いを明確に定めておくことで、このような質問にも適切に対応できるようになります。「就業規則の○条に定められている通り、休業手当として平均賃金の60%をお支払いします」と明確に説明できれば、労働者も安心して働くことができます。

現場で怪我をした時の対応がバラバラで困っている

「現場で労災が発生した時の対応が、現場ごとにバラバラで統一されていないんです」このような悩みを抱える建設業者は非常に多く、適切な対応ができずに二次的な問題を引き起こすケースが後を絶ちません。

労災発生時の報告手順が統一されていない問題

建設現場では複数の業者が混在して作業を行うため、労災が発生した際の報告手順が混乱しがちです。「誰に最初に連絡すればいいのか」「どこまで詳しく報告すればいいのか」「写真は撮った方がいいのか」など、現場の判断に委ねられている部分が多く、適切な初動対応ができないケースが頻発しています。

特に問題となるのは、軽微な怪我だと思って報告を怠ったり、「大したことない」と判断して病院に行かせなかったりすることです。後になって症状が悪化し、「なぜすぐに病院に行かせてくれなかったのか」というトラブルに発展することもあります。

安全教育の実施方法がわからない現場の実態

労働安全衛生法では、雇入れ時の安全衛生教育として最低6時間の教育実施が義務付けられていますが、「具体的にどんな内容を教えればいいのかわからない」という現場責任者が多いのが実情です。「とりあえず『気をつけて作業してください』と言っているだけ」という現場も少なくありません。

効果的な安全教育を行うためには、建設業特有の危険要因を具体的に説明し、実際の災害事例を交えながら指導することが重要です。しかし、そのためのノウハウや教材が不足しており、形式的な教育に終わってしまっているケースが多く見られます。

「今まで大丈夫だったから」という危険な慣習

最も危険なのは「今まで大きな事故がなかったから大丈夫」という慣習的な考え方です。建設業の労災発生率は他業種の約3倍と非常に高く、「今まで大丈夫」だったのは単に運が良かっただけという可能性が高いのです。

「ヘルメットをかぶらなくても今まで怪我しなかった」「安全帯をつけなくても落ちたことがない」といった経験則に頼った安全管理では、いずれ重大な災害が発生してしまいます。就業規則に明確な安全基準を定め、全ての作業員に徹底させることが、真の安全確保につながります。

これらの悩みは、適切な就業規則の整備により解決することができます。次章以降で、具体的な対応方法について詳しく解説していきますので、ぜひ参考にしてください。

建設業の労基署是正指導率と違反の実態

建設業の違反率は他業種の2倍以上という衝撃の事実

建設業における労働基準法違反の実態は、他業種と比較して極めて深刻な状況にあります。厚生労働省が公表している監督指導結果によると、建設業の労働基準関係法令違反率は他業種を大きく上回っており、特に労働時間に関する違反については、なんと他業種の2倍以上という衝撃的な数値が明らかになっています。

厚生労働省データに基づく具体的な違反率

令和4年度の厚生労働省発表データでは、長時間労働が疑われる事業場に対する監督指導において、33,218事業場のうち26,968事業場(81.2%)で労働基準関係法令違反が認められました。この中でも建設業は特に高い違反率を示しており、労働時間に関する違反については他業種の2倍以上となっています。

具体的には、建設業における主な違反内容として、違法な時間外労働が42.6%の事業場で確認されており、これは全産業平均を大幅に上回る数値です。また、賃金台帳への労働時間数未記載についても33.3%と高い割合を示しており、基本的な労務管理すらできていない事業場が多数存在することが浮き彫りになっています。

労働時間違反が最も多い理由と背景

建設業で労働時間違反が多発する背景には、業界特有の構造的な問題があります。まず、工期厳守のプレッシャーにより、どうしても長時間労働に頼らざるを得ない状況が常態化していることが挙げられます。「工期に間に合わせるためには仕方がない」という考えが根強く、法令遵守よりも工期優先の判断がなされがちです。

また、建設業では2024年4月まで時間外労働の上限規制の適用が猶予されていたため、「建設業は特別」という意識が強く、法改正への対応が遅れている事業場が多いのが実情です。さらに、天候に左右される作業特性により、晴天時に集中的に作業を行う必要があり、結果として長時間労働が発生しやすい構造となっています。

人手不足も深刻な要因の一つです。慢性的な人手不足により、一人当たりの労働負荷が増大し、必然的に長時間労働につながってしまいます。「人がいないから仕方ない」という状況が常態化し、適正な労働時間管理が困難になっているのです。

是正指導を受けた企業の実例紹介

実際に労働基準監督署から是正指導を受けた建設業者の事例を見ると、その深刻さがよくわかります。ある中小建設業者では、36協定を締結していない状態で月100時間を超える時間外労働を常態的に行わせており、労働基準監督署の調査により重大な法令違反が発覚しました。この事業場では、従業員からの申告をきっかけに調査が入り、過去2年分の未払い残業代として約500万円の支払いを命じられました。

別の事例では、建設現場での労災事故をきっかけに労働基準監督署の調査が入り、安全衛生管理体制の不備に加えて、労働時間管理の問題も発覚しました。この事業場では、労働者の労働時間を正確に把握していない状態で、実際の労働時間と賃金台帳の記載内容に大きな乖離があることが判明し、是正指導を受けることとなりました。

よくある違反事例トップ5

建設業における労働基準法違反の中でも、特に頻繁に発生する違反事例をランキング形式でご紹介します。これらの違反は、多くの建設業者で共通して見られる問題であり、早急な対応が必要です。

第1位:時間外労働の上限超過(36協定未締結含む)

最も多い違反事例が、時間外労働の上限超過です。2024年4月から建設業にも適用された時間外労働の上限規制により、月45時間・年360時間を超える時間外労働は原則として禁止されています。しかし、多くの建設業者がこの規制に対応できておらず、違反が続発しています。

特に深刻なのは、36協定そのものを締結していない事業場です。「36協定って何ですか?」という経営者も少なくなく、法定労働時間を超えて働かせるための基本的な手続きすら行っていない状況が多々見られます。36協定未締結での時間外労働は重大な法令違反であり、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金という刑事罰の対象となります。

第2位:割増賃金の未払い・計算ミス

2番目に多いのが、割増賃金(残業代)の未払いや計算ミスです。建設業では各種手当が複雑で、どの手当を割増賃金の基礎に算入すべきかわからず、計算を誤るケースが頻発しています。現場手当や資格手当は割増賃金の基礎に算入する必要がありますが、これを除外して計算している事業場が多く見られます。

また、固定残業代制度を導入している事業場では、固定時間を超えた分の残業代を支払っていないケースや、そもそも固定残業代の設定が不適切で制度自体が無効となっているケースも多数報告されています。「現場手当に残業代も含まれている」という説明だけでは不十分で、適切な制度設計と運用が必要です。

第3位:安全衛生管理体制の不備

3番目に多いのが、安全衛生管理体制の不備です。建設業では統括安全衛生責任者や元方安全衛生管理者の選任が義務付けられていますが、適切な選任を行っていない事業場が多数存在します。また、選任していても、その職務を適切に遂行していない場合も問題となります。

安全教育についても、雇入れ時の安全衛生教育として最低6時間の教育実施が義務付けられていますが、形式的な教育に終わっている事業場や、教育記録を適切に保存していない事業場が多く見られます。「気をつけて作業してください」程度の口頭指導では、法定の安全教育とは認められません。

第4位:労働条件通知書の記載不備

4番目に多いのが、労働条件通知書の記載不備です。2024年4月の法改正により、労働条件明示のルールが大幅に変更されましたが、多くの建設業者が対応できていません。特に、無期転換ルールの明示や、就業場所・業務内容の変更範囲の明示について、適切な記載を行っていない事業場が多数見られます。

建設業では現場が頻繁に変わるため、「○○市内の建設現場」といった曖昧な記載では不十分で、将来の変更範囲についても具体的に明示する必要があります。また、各種手当の支給条件についても、詳細な記載が求められています。

第5位:就業規則の未作成・未届出

5番目に多いのが、就業規則の未作成・未届出です。常時10人以上の労働者を使用する事業場では就業規則の作成・届出が義務付けられていますが、これを怠っている建設業者が多数存在します。「うちは小さい会社だから就業規則は必要ない」と考えている経営者もいますが、従業員数が10人を超えた時点で作成・届出義務が発生します。

また、就業規則を作成していても、建設業特有の労働条件に対応していない汎用的な内容では、実際の労務管理に役立ちません。直行直帰の労働時間管理、天候による作業中止時の取扱い、各種手当の支給基準など、建設業特有の事項を適切に規定する必要があります。

違反発覚のきっかけと監督署の動向

労働基準法違反が発覚するきっかけは様々ですが、近年の傾向を見ると、労働者からの申告による発覚が最も多くなっています。働き方改革への関心の高まりにより、労働者の権利意識が向上し、違法な労働条件に対して積極的に声を上げるケースが増加しています。

労働者からの申告による発覚パターン

最も多い発覚パターンが、労働者からの労働基準監督署への申告です。特に、退職時や転職時に「前の会社では残業代がもらえなかった」「長時間労働を強要された」といった申告が増加しています。建設業では離職率が高いため、退職者からの申告により違反が発覚するケースが後を絶ちません。

申告の内容で多いのは、未払い残業代に関するものです。「月100時間以上働いているのに残業代が支払われない」「現場手当に残業代が含まれていると言われたが、計算が合わない」といった申告により、労働基準監督署の調査が入るケースが増加しています。

また、労働時間の管理方法についての申告も多く見られます。「タイムカードがなく、労働時間が正確に記録されていない」「直行直帰なのに労働時間の管理をしてもらえない」といった申告により、労働時間管理の不備が発覚することがあります。

労災事故をきっかけとした調査

建設業では労災事故の発生率が高いため、労災事故をきっかけとした労働基準監督署の調査も多く行われています。労災事故が発生すると、事故原因の究明や再発防止策の確認のために労働基準監督署の調査が入り、その過程で労働時間管理や安全衛生管理体制の問題が発覚することがあります。

特に、死亡災害や重篤な災害が発生した場合は、必ず労働基準監督署の調査が入ります。この際、安全衛生管理体制の不備だけでなく、長時間労働による疲労の蓄積が事故原因の一つとして疑われ、労働時間管理の問題も併せて調査されることが多くなっています。

定期監督による発見事例

労働基準監督署では、年度計画に基づいて定期監督を実施しており、この定期監督により違反が発覚するケースも多数あります。建設業は違反率が高い業種として重点的に監督指導の対象とされており、計画的な調査が行われています。

定期監督では、労働時間管理、賃金支払い、安全衛生管理など、幅広い項目について調査が行われます。事前の通告なく調査が入ることもあり、日頃からの適切な労務管理が重要となります。「今度調査が入るから準備しよう」では間に合わず、常日頃から法令遵守の体制を整えておく必要があります。

これらの違反発覚パターンを見ると、建設業における労働基準法違反は決して他人事ではなく、どの事業場でも起こりうる問題であることがわかります。適切な就業規則の整備により、これらのリスクを未然に防ぐことが重要です。

中小建設業でよくある労務トラブル事例

【事例1】残業代未払いで元従業員から請求された

建設業で最も多発している労務トラブルが、残業代の未払い問題です。ある中小建設業者では、退職した元従業員から「2年間で約200万円の残業代が未払いになっている」として労働審判を申し立てられました。この事例では、会社側が「現場手当に残業代も含まれている」と主張していましたが、適切な制度設計ができておらず、結果的に大きな損失を被ることになりました。

固定残業代の設定ミスによるトラブル

この事例で問題となったのは、固定残業代制度の設定ミスでした。会社は月額3万円の「現場手当」を支給していましたが、この手当が何時間分の残業代に相当するのか、基本給との区別はどうなっているのかが全く明確にされていませんでした。労働基準監督署の調査により、この現場手当は単なる職務手当であり、残業代としての要件を満たしていないことが判明しました。

固定残業代が有効となるためには、基本給と残業代部分を明確に区分し、何時間分の残業代に相当するかを明示する必要があります。さらに、固定時間を超過した場合の追加支払いや、固定時間に満たない場合でも減額しないことを就業規則に明記しなければなりません。この会社では、これらの要件を一つも満たしていませんでした。

現場手当と残業代の区別があいまいだった事例

建設業では現場手当、資格手当、危険手当など様々な手当が支給されますが、これらの手当と残業代の関係が曖昧になっているケースが非常に多く見られます。この事例でも、現場手当3万円に加えて資格手当1万円、危険手当5千円が支給されていましたが、どの手当が割増賃金の基礎に算入されるのかが不明確でした。

労働基準法では、家族手当、通勤手当、別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金、1か月を超える期間ごとに支払われる賃金以外は、すべて割増賃金の基礎に算入する必要があります。つまり、現場手当や資格手当、危険手当はすべて残業代の計算基礎に含めなければならないのです。

解決までの流れと費用負担の実態

労働審判は3回の期日で結論が出るため、約3か月という短期間で解決に至りました。しかし、会社側の負担は想像以上に大きなものとなりました。

  • 未払い残業代:約200万円
  • 遅延損害金:約20万円
  • 労働審判の和解金:50万円
  • 弁護士費用:約80万円
  • 合計:約350万円

この事例では、適切な就業規則の整備と固定残業代制度の見直しを行っていれば、トラブルを未然に防ぐことができました。月3万円の現場手当を適切な固定残業代として設計し直すだけで、大幅なコスト削減が可能だったのです。

【事例2】試用期間中の解雇で労働審判に発展

建設業では技能習得に時間がかかるため、多くの会社が試用期間を設けていますが、その運用方法を誤ると重大なトラブルに発展します。ある建設会社では、入社3か月目に「仕事ができない」として試用期間中の従業員を解雇したところ、労働審判を申し立てられ、最終的に130万円の解決金を支払うことになりました。

試用期間の設定根拠が不明確だった問題

この事例で最大の問題となったのは、試用期間の設定根拠が不明確だったことです。就業規則には「試用期間3か月」と記載されていましたが、なぜ3か月なのか、どのような基準で評価するのか、期間中にどのような指導を行うのかが全く定められていませんでした。

さらに深刻だったのは、会社側が「これまで複数回延長されているため、解雇当時も試用期間中であった」と主張したことです。しかし、試用期間の延長については法的根拠がなく、労働者の同意も得ていませんでした。労働審判では、試用期間の延長は無効であり、既に本採用されている状態での解雇であると判断されました。

評価基準の文書化不備による争点

試用期間中の解雇が有効となるためには、客観的で合理的な評価基準が必要です。しかし、この会社では評価基準が全く文書化されておらず、「仕事ができない」「協調性がない」といった抽象的な理由しか示すことができませんでした。

労働審判では、会社側が具体的な指導記録や評価記録を提示できなかったため、適切な指導や改善機会を与えていなかったと判断されました。試用期間は単なる解雇予告期間ではなく、労働者の適格性を判断し、必要な指導を行う期間であることが改めて確認されました。

和解金支払いに至った経緯

労働審判では、解雇が無効であることが認められ、本来であれば復職と未払い賃金の支払いが命じられるところでした。しかし、労使双方の関係修復が困難であることを考慮し、円満退職を前提とした解決金130万円の支払いで和解が成立しました。

この金額は、解雇から労働審判終了までの約4か月分の賃金相当額に、慰謝料的要素を加えたものでした。会社側としては、適切な評価制度と指導記録の整備により、このようなトラブルを防ぐことができたはずです。

【事例3】現場でのハラスメント問題が表面化

建設現場特有の職人気質の環境では、従来の指導方法がパワーハラスメントとして問題視されるケースが増加しています。ある建設会社では、現場監督による部下への暴言や暴力的な指導が問題となり、被害者がSNSに投稿したことで企業イメージが大幅に悪化し、新規受注にも影響が出る事態となりました。

職人気質の現場でのパワハラ事例

この事例では、50代のベテラン現場監督が20代の若手作業員に対し、以下のような行為を日常的に行っていました:

  • 「そんなこともできないのか、バカか」といった暴言
  • 「やる気がないなら帰れ」という威圧的な発言
  • ミスをした際に工具を投げつける行為
  • ヘルメットを叩くなどの暴力的行為

現場監督は「昔からこうやって指導してきた」「厳しく指導しないと一人前にならない」と主張していましたが、これらの行為は明らかにパワーハラスメントに該当します。建設業界では「厳しい指導」と「ハラスメント」の境界線が曖昧になりがちですが、人格を否定する発言や暴力的な行為は決して許されるものではありません。

相談窓口の未設置による問題拡大

この会社では、ハラスメントに関する相談窓口が設置されておらず、被害者が相談できる環境が整っていませんでした。若手作業員は「誰に相談すればいいかわからない」「相談しても改善されないのではないか」という不安から、長期間にわたって一人で悩みを抱え込んでいました。

労働施策総合推進法では、事業主にパワーハラスメント防止措置を講じることが義務付けられており、相談窓口の設置はその重要な要素の一つです。適切な相談窓口があれば、問題の早期発見・早期解決が可能だったはずです。

SNS投稿による企業イメージ悪化

被害者は最終的に、現場での暴言の様子を録音した音声データとともに、被害状況をSNSに投稿しました。この投稿は瞬く間に拡散され、会社名も特定されて大きな話題となりました。

その結果、以下のような深刻な影響が発生しました:

  • 建設業界内での「パワハラ企業」という悪評の拡散
  • 優秀な人材の確保困難
  • 発注者からの信用失墜
  • 複数の取引先からの契約見直し

一度失った信用を回復するには長期間を要し、経営への影響は計り知れないものとなりました。

【事例4】外国人技能実習生の労働条件トラブル

建設業では人手不足解消のため外国人技能実習生の受入れが増加していますが、言語や文化の違いから様々なトラブルが発生しています。ある建設会社では、ベトナム人技能実習生との間で労働条件をめぐるトラブルが発生し、監理団体からの指導を受ける事態となりました。

労働条件通知書の記載不備による誤解

この事例では、労働条件通知書が日本語のみで作成されており、技能実習生が内容を十分に理解できていませんでした。特に問題となったのは、基本給と各種手当の区別、時間外労働の取扱い、休日の定義などが曖昧だったことです。

技能実習生は「月給20万円もらえると聞いていたのに、実際は15万円しかもらえない」と訴えました。調査の結果、20万円という金額は時間外労働を含めた総支給額であり、基本給は15万円だったことが判明しました。しかし、この点が労働条件通知書に明確に記載されておらず、口頭での説明も不十分でした。

文化的背景の違いから生じた問題

文化的背景の違いも大きな問題となりました:

  • 宗教的配慮の不足:豚肉を食べることができない技能実習生に対し、現場での昼食や懇親会で配慮を欠いた対応
  • 祈りの時間への理解不足:宗教的な祈りの時間についての理解が不足
  • コミュニケーション問題:技能実習生が母国の家族と連絡を取るためにスマートフォンを使用していたところ、「仕事中にスマホを触るな」と厳しく叱責

緊急時の連絡手段として必要な場合もあることを理解し、適切なルールを設定する必要がありました。

監理団体との連携不足による混乱

この会社では、監理団体との連携が不十分で、技能実習生の指導や相談体制が機能していませんでした。技能実習生が労働条件について疑問を持った際も、監理団体に相談することができず、問題が長期化してしまいました。

監理団体からは「定期的な面談や相談対応を行うので、技能実習生に周知してほしい」との要請がありましたが、会社側の対応が不十分でした。結果として、技能実習生の不満が蓄積し、最終的に労働基準監督署への申告に発展することになりました。

【事例5】一人親方との区別があいまいで指導を受けた

建設業では一人親方との請負契約が一般的ですが、実態が労働者と変わらない場合は「偽装請負」として問題となります。ある建設会社では、労働基準監督署の調査により、一人親方として扱っていた作業員が実質的には労働者であると認定され、社会保険の遡及加入と未払い賃金の支払いを命じられました。

実質的な労働者性の判断基準

労働者性の判断は、契約の形式ではなく実態に基づいて行われます。この事例では、一人親方として請負契約を締結していましたが、実際の作業実態を調査した結果、以下の点で労働者性が認定されました:

  • 時間・場所の指定:作業時間や作業場所が会社によって指定されており、自由な裁量がない
  • 工具・材料の提供:使用する工具や材料をすべて会社が提供
  • 詳細な指示:作業内容について詳細な指示を受けており、独立した事業者としての裁量権がほとんどない

偽装請負と認定されたケース

労働基準監督署の調査により、この一人親方は実質的には労働者であり、請負契約は偽装請負であると認定されました。認定の決め手となったのは、以下の事実でした:

  • 勤務実態:毎日決まった時間に出勤し、会社の指示に従って作業
  • 連絡義務:欠勤や遅刻をする場合は会社への連絡が必要
  • 代替要員:代替要員の手配も会社が実施
  • 報酬形態:出来高ではなく日当制で支払い(実質的には賃金)

社会保険加入義務の見落とし

偽装請負と認定された結果、この作業員について社会保険の加入義務があったことが判明しました。会社は過去2年分の社会保険料を遡及して納付することになり、その金額は約150万円に上りました。また、労災保険についても特別加入ではなく、一般の労働者として加入し直すことが必要となりました。

さらに深刻だったのは、この作業員が現場で怪我をした際の労災認定の問題でした。一人親方として特別加入していた労災保険では給付に制限があったため、労働者としての労災給付との差額について会社が補償することになりました。

このような問題を防ぐためには、一人親方との契約においても、実態が労働者性を帯びないよう注意深く制度設計を行う必要があります。真の請負契約とするためには、作業の独立性、時間の自由度、報酬の決定方法などを適切に設定することが重要です。

就業規則整備による3つの効果とメリット

効果1:リスク低減による経営安定化

建設業における就業規則の整備は、経営安定化に直結する重要な効果をもたらします。適切な就業規則があることで、様々な法的リスクを大幅に軽減し、安心して事業運営に専念できる環境を構築することができます。

労働基準法違反リスクの大幅軽減

建設業では労働基準法違反のリスクが他業種の2倍以上と非常に高く、適切な就業規則の整備により、これらのリスクを大幅に軽減することができます。36協定の締結・届出、労働時間管理、割増賃金の計算方法、安全衛生管理体制など、建設業で頻発する違反事例について、就業規則で明確に規定することで法令遵守の体制を確立できます。

「知らなかった」「うっかりしていた」では済まされない労働基準法違反について、就業規則があることで組織全体での法令遵守意識が向上し、違反リスクを根本的に減らすことができます。特に、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金という重い刑事罰を回避できることは、経営者にとって大きな安心材料となります。

労働審判や訴訟リスクの予防効果

建設業では残業代未払い、試用期間中の解雇、ハラスメント問題など、様々な労務トラブルが発生しやすい環境にあります。適切な就業規則があることで、これらのトラブルを未然に防ぐことができ、万が一トラブルが発生した場合でも、明確な規定に基づいて適切に対応することができます。

労働審判では平均的に数百万円の解決金が必要となることが多く、さらに弁護士費用や時間的コストも考慮すると、企業への影響は計り知れません。就業規則の整備により、これらの高額な費用負担を回避できることは、中小建設業にとって極めて重要な効果です。

行政指導への適切な対応が可能

労働基準監督署からの調査や指導に対しても、適切な就業規則があることで自信を持って対応することができます。「就業規則の○条に基づいて適切に運用しています」と明確に説明できることで、監督官からの信頼も得やすくなり、重大な指導を受けるリスクを大幅に軽減できます。

また、就業規則が整備されていることで、日常的な労務管理も効率化され、監督署の調査時に必要な書類や記録も整然と管理されているため、スムーズな対応が可能となります。

効果2:人材定着率の向上と採用力強化

建設業界では深刻な人手不足が続いており、人材の確保と定着は経営の最重要課題となっています。適切な就業規則の整備は、この課題解決に大きく貢献します。

明確なルールによる働きやすい職場環境

就業規則により労働条件や職場のルールが明確化されることで、従業員は安心して働くことができます。「どんな時に残業代がもらえるのか」「有給休暇はどう取得すればよいのか」「昇進・昇格の基準は何か」といった疑問が解消され、従業員の不安やストレスが大幅に軽減されます。

建設業では「昔からの慣習」で運用されている部分が多く、新入社員にとっては不透明で不安な職場環境となりがちです。明文化されたルールがあることで、誰もが公平に扱われる職場環境を構築でき、従業員満足度の向上につながります。

若手人材の採用競争力向上

近年の求職者、特に若手人材は企業のコンプライアンス意識や働きやすさを重視する傾向が強くなっています。適切な就業規則が整備されている企業は、「しっかりした会社」「安心して働ける会社」として求職者からの評価が高くなり、採用競争力の向上につながります。

求人広告や面接時に「当社では就業規則を適切に整備し、従業員の皆さんが安心して働ける環境を提供しています」とアピールできることで、優秀な人材の確保が容易になります。特に、建設業界のイメージ改善が課題となっている中で、コンプライアンス意識の高さを示すことは大きな差別化要因となります。

離職率低下による採用コスト削減

適切な就業規則により労働環境が改善されることで、従業員の離職率が大幅に低下します。建設業では採用から一人前になるまでに相当な時間とコストがかかるため、離職率の低下は直接的な経営改善効果をもたらします。

1人の従業員を新規採用するコストは一般的に年収の3分の1程度と言われており、年収300万円の従業員であれば約100万円の採用コストがかかります。離職率が半減すれば、この採用コストも大幅に削減でき、その分を既存従業員の処遇改善や設備投資に回すことができます。

効果3:補助金・助成金活用の基盤整備

建設業では様々な補助金・助成金制度が用意されていますが、多くの制度で就業規則の整備が申請要件となっています。適切な就業規則があることで、これらの制度を積極的に活用できるようになります。

働き方改革推進支援助成金の申請要件

働き方改革推進支援助成金では、交付申請時点で就業規則に年次有給休暇の計画的付与や時間単位年休の規定が整備されていることが要件となっています。就業規則の整備により大きな資金調達効果が期待できます。

この助成金は、労働時間の短縮や年休促進の取り組みに対して支給されるもので、建設業の働き方改革に直結する内容となっています。就業規則の整備により、この助成金を活用して現場の労働環境改善に投資することができます。

人材開発支援助成金の活用可能性

従業員の技能向上や資格取得支援に活用できる人材開発支援助成金についても、就業規則での教育訓練制度の規定が申請要件となることが多くあります。建設業では技能実習や安全教育が重要であり、これらの助成金を活用することで従業員のスキルアップを図りながら、企業の競争力向上を実現できます。

建設業特有の助成制度との連携

建設業界には業界特有の助成制度も多数存在します。建設業退職金共済制度、建設キャリアアップシステム関連の助成、安全衛生関係の助成制度などについても、適切な就業規則の整備が前提となることが多く、これらの制度を最大限活用するためには就業規則の整備が不可欠です。

副次的効果:業務効率化と生産性向上

就業規則の整備は、直接的な効果に加えて、業務効率化と生産性向上という副次的な効果ももたらします。

労働時間管理の見える化

就業規則により労働時間管理のルールが明確化されることで、各現場での労働時間が正確に把握できるようになります。これにより、どの現場で長時間労働が発生しているか、どの時期に業務が集中しているかが可視化され、適切な人員配置や工程管理が可能となります。

労働時間の見える化により、無駄な残業の削減、効率的な作業スケジュールの策定、適正な人員配置などが実現でき、全体的な生産性向上につながります。

安全意識向上による事故減少

就業規則に安全衛生管理規定が明確に定められることで、全従業員の安全意識が向上し、労働災害の発生率が大幅に減少します。労働災害が減ることで、工期の遅延、保険料の増加、信用失墜などのリスクを回避でき、結果として生産性の向上につながります。

組織運営の標準化による効率化

就業規則により組織運営のルールが標準化されることで、管理業務の効率化が図れます。人事担当者は決められたルールに従って業務を遂行すればよく、現場監督も明確な基準に基づいて部下の指導ができるため、組織全体の運営効率が向上します。

これらの効果により、就業規則の整備は単なる法令遵守の手段ではなく、企業の競争力向上と持続的成長を実現するための重要な経営戦略となります。

未整備が招くリスクと損失

リスク1:法的責任と金銭的損失

建設業における就業規則の未整備は、深刻な法的リスクと巨額の金銭的損失を招く可能性があります。これらのリスクは、企業の存続そのものを脅かす重大な問題となっています。

労働基準法違反による罰則(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)

就業規則が未整備の状態で労働基準法に違反した場合、経営者や労務管理責任者に対して6か月以下の懲役または30万円以下の罰金という重い刑事罰が科せられる可能性があります。特に建設業では、36協定の未締結による時間外労働や、適切な労働時間管理の不備により、このような刑事処分を受けるリスクが他業種の2倍以上と非常に高くなっています。

「知らなかった」「うっかりしていた」では済まされない刑事責任であり、一度でも処分を受けると企業の社会的信用は大幅に失墜します。建設業許可の更新時にも影響を与える可能性があり、事業継続に深刻な支障をきたすことになります。

未払い残業代の遡及支払い(最大3年分)

2020年4月の労働基準法改正により、未払い残業代の時効が2年から3年に延長されました。就業規則が未整備で適切な労働時間管理や賃金制度が確立されていない場合、退職した従業員から最大3年分の未払い残業代を請求されるリスクが高まっています。

建設業では長時間労働が常態化しており、1人当たりの未払い残業代が数百万円に上るケースも珍しくありません。複数の従業員から同時に請求された場合、企業の資金繰りに深刻な影響を与える可能性があります。実際に、ある中小建設業者では5人の元従業員から合計1,500万円の未払い残業代を請求され、資金調達に苦慮する事態となりました。

付加金支払い命令のリスク(未払い賃金と同額)

未払い残業代に加えて、裁判所が企業の対応を悪質と判断した場合、未払い賃金と同額の付加金の支払いが命じられる可能性があります。これは実質的に未払い残業代が2倍になることを意味し、企業にとって極めて重い経済的負担となります。

付加金は企業の不誠実な対応や悪質性が認められた場合に科せられるため、就業規則の未整備により適切な対応ができない状況は、付加金支払いのリスクを大幅に高めることになります。

リスク2:企業イメージと信用失墜

現代社会では、企業の法令遵守状況が厳しく監視されており、就業規則の未整備による法令違反は企業イメージの深刻な悪化を招きます。

労働基準監督署の公表制度による風評被害

平成27年5月から、労働基準監督署では是正勧告の段階で企業名を公表する制度が導入されています。平成29年1月の基準改定により、2箇所以上の事業場で月80時間を超える時間外労働が発覚した場合、企業名が公表される可能性が高くなりました。

企業名が公表されると、マスコミを通じて「ブラック企業」として報道され、社会的な信用が一気に失墜します。建設業では工期の都合で長時間労働が発生しやすく、就業規則が未整備の状態では公表制度の対象となるリスクが極めて高いのが実情です。

SNSでの拡散による採用への悪影響

近年では、従業員や元従業員がSNSで労働環境の問題を投稿し、それが瞬く間に拡散されるケースが増加しています。就業規則が未整備で労働条件が不明確な企業では、従業員の不満が蓄積しやすく、SNSでの告発リスクが高まります。

一度SNSで拡散された情報は完全に削除することが困難で、企業の評判回復には長期間を要します。特に若手人材はSNSでの企業評価を重視する傾向が強く、採用活動に深刻な影響を与えることになります。

取引先からの信用失墜リスク

建設業では元請・下請の関係が重要であり、労働基準法違反による企業名公表や風評被害は、取引先からの信用失墜に直結します。「コンプライアンス意識の低い会社とは取引できない」として、契約の見直しや新規受注の停止を通告される可能性があります。

公共工事では特にコンプライアンスが重視されており、労働基準法違反の履歴がある企業は入札参加資格を制限される場合もあります。これにより、安定的な受注機会を失い、経営基盤が大幅に悪化するリスクがあります。

リスク3:人材確保困難と事業継続リスク

建設業界では深刻な人手不足が続いており、就業規則の未整備による労働環境の悪化は、人材確保をさらに困難にします。

若手人材の応募減少

現在の若手求職者は、企業のコンプライアンス意識や働きやすさを重視する傾向が強くなっています。就業規則が未整備で労働条件が不明確な企業は、「しっかりしていない会社」「安心して働けない会社」として敬遠される傾向があります。

建設業界では既に「3K(きつい、汚い、危険)」のイメージにより若手人材の確保が困難な状況にあり、さらに法令遵守の問題が加わることで、優秀な人材の確保が極めて困難になります。人材採用競争が激化する中で、コンプライアンス体制の整備は必須の条件となっています。

既存従業員の離職率上昇

就業規則が未整備で労働条件が不明確な職場では、従業員の不安やストレスが増大し、離職率の上昇につながります。「この会社で働き続けて大丈夫なのか」「労働条件が突然変更されるのではないか」といった不安から、優秀な従業員ほど早期に転職を検討する傾向があります。

建設業では一人前の技能者を育成するまでに相当な時間とコストがかかるため、離職率の上昇は企業にとって大きな損失となります。1人の従業員を新規採用・育成するコストは年収の3分の1程度とされており、離職率の上昇は直接的な経営圧迫要因となります。

技術継承の断絶による競争力低下

建設業では熟練技能者の高齢化が進んでおり、技術継承が重要な課題となっています。就業規則の未整備により若手人材の確保や定着が困難になると、数十年かけて蓄積された貴重な技術や技能が失われる危険性があります。

特に、伝統的な建築技術や地域特有の施工方法など、文書化されていない技能については、早急な対策が必要です。技術継承の断絶は企業の競争力低下につながるだけでなく、日本の建設技術全体の国際競争力にも影響を与える可能性があります。

機会損失:補助金・助成金の申請機会喪失

建設業では様々な補助金・助成金制度が用意されていますが、多くの制度で就業規則の整備が申請要件となっており、未整備の企業は大きな機会損失を被っています。

年間数百万円規模の助成金を受給できない

働き方改革推進支援助成金では、建設業で最大730万円の助成を受けることができますが、交付申請時点で就業規則に年次有給休暇の計画的付与や時間単位年休の規定が整備されていることが要件となっています。就業規則が未整備の企業は、この大型助成金を活用することができません。

人材開発支援助成金についても、就業規則での教育訓練制度の規定が申請要件となることが多く、従業員の技能向上や資格取得支援に活用できる貴重な資金源を失うことになります。これらの助成金を活用できれば、労働環境の改善や従業員のスキルアップに投資でき、企業の競争力向上につながるはずです。

設備投資支援制度の活用機会損失

建設業特有の設備投資支援制度についても、適切な労務管理体制の整備が前提条件となることが多くあります。ICT建設機械の導入支援や安全装置の設置補助など、生産性向上に直結する支援制度を活用できないことで、同業他社との競争力格差が拡大するリスクがあります。

人材育成支援の機会逸失

建設業界では技能実習や安全教育が重要であり、これらに対する様々な支援制度が用意されています。しかし、就業規則での教育制度の規定が申請要件となることが多く、未整備の企業は人材育成の機会を逸失することになります。

建設キャリアアップシステム関連の助成制度や、安全衛生関係の助成制度なども、適切な就業規則の整備が前提となるため、これらの制度を活用できないことで、従業員の技能向上や安全管理体制の強化が遅れる結果となります。

これらのリスクと損失を総合的に考慮すると、就業規則の未整備は企業経営に計り知れない悪影響を与えることが明らかです。適切な就業規則の整備により、これらのリスクを回避し、持続的な企業成長を実現することが重要です。

就業規則整備の基本ステップ

ステップ1:現状把握と課題整理

就業規則の整備を成功させるためには、まず自社の現状を正確に把握し、課題を明確にすることが重要です。建設業では現場作業と事務作業で労働条件が大きく異なるため、特に丁寧な現状把握が必要となります。

既存の労働条件や慣行の文書化

建設業では「昔からの慣習」で運用されている労働条件が多く、これらを一つ一つ文書化することから始めます。現場作業員の始業・終業時刻、休憩時間の取り方、雨天時の対応、各種手当の支給条件、安全装備の着用ルールなど、口約束や暗黙の了解で運用されている事項をすべて書き出します。

特に重要なのは、職種別・現場別の労働条件の違いです。「現場に出る方と社内で事務をされている方とでは、労働時間や休日が違う」というケースが建設業では一般的です。これらの違いを明確に整理し、文書化することで、後の就業規則作成がスムーズに進みます。

法令との照合による問題点の洗い出し

現状の労働条件を法令と照合し、問題点を洗い出します。2024年4月から建設業にも適用された時間外労働の上限規制、労働条件明示の改正内容、安全衛生管理体制の要件など、建設業特有の法令要件と現状を比較検討します。

よくある問題として、36協定の未締結、割増賃金の計算ミス、安全衛生責任者の未選任、労働条件通知書の記載不備などが挙げられます。これらの問題を早期に発見し、就業規則で適切に対応することが重要です。

従業員へのヒアリング実施

現場の実態を正確に把握するため、従業員へのヒアリングを実施します。管理職だけでなく、現場作業員、事務職員、若手からベテランまで幅広い層から意見を聴取することで、経営陣が把握していない問題点を発見できます。

ヒアリングでは「現在の労働条件で困っていること」「改善してほしい点」「不明確で困っている規則」などを具体的に聞き取ります。匿名でのアンケート形式も併用することで、より率直な意見を収集できます。

ステップ2:就業規則の作成・改定

現状把握と課題整理が完了したら、建設業特有の事情を踏まえた就業規則の作成・改定に取り組みます。

建設業特有の条項を盛り込んだ規則作成

建設業では他業種にはない特殊な労働条件があるため、これらを適切に規定することが重要です。直行直帰時の労働時間管理、複数現場での移動時間の取扱い、天候不良時の休業手当、現場手当・資格手当・危険手当の支給基準、安全装備の着用義務、一人親方との区別基準など、建設業特有の事項を詳細に規定します。

「他社さんの就業規則をもらったとか、ネットからひな形をダウンロードした」だけでは不十分で、「自社用にアレンジしておかないと」様々な問題が発生する可能性があります。建設業の実態に即した規則作成が必要です。

労働者代表との協議・意見聴取

就業規則の作成・変更には、労働者代表からの意見聴取が法的に義務付けられています。過半数の従業員が加入する労働組合がある場合は労働組合の代表者、ない場合は従業員の過半数が支持する代表者から意見を聴取します。

重要なのは、代表者の選出方法です。「経営者側の指名によって、従業員の代表者を決める方法は不適切」であり、「従業員の話し合い、あるいは持ち回り決議や投票によって、立候補者から代表者を選ぶ」必要があります。

専門家によるリーガルチェック

建設業特有の複雑な労働条件を適切に規定するため、社会保険労務士等の専門家によるリーガルチェックを受けることが重要です。法令要件の確認、条文の適切性、運用上の問題点などを専門的な観点から検証してもらいます。

ステップ3:労働基準監督署への届出

常時10人以上の従業員を使用する事業所では、就業規則の届出が義務付けられています。

必要書類の準備と提出手続き

届出に必要な書類は、就業規則(変更)届、就業規則本文、労働者代表の意見書の3点です。就業規則(変更)届には、労働基準監督署長の名前、就業規則を新たに作成または変更した旨、事業場の所在地、事業所の名称などを明記します。

提出方法は、管轄の労働基準監督署への持参または郵送が可能です。持参の場合は原本と写しの両方を提出し、写しは受付印を押印して控えとして返却されます。

届出後の保管・管理方法

届出後は、労働基準監督署から返却された控えを適切に保管・管理します。就業規則は「従業員に周知」することが法的義務であり、「見やすい場所への掲示・備付」「書面配布」「電子媒体での配信」のいずれかにより周知する必要があります。

変更時の手続きフロー確立

就業規則を変更する場合も、同様の手続きが必要です。法改正や労働環境の変化に応じて迅速に対応できるよう、変更時の手続きフローを事前に確立しておくことが重要です。

ステップ4:従業員への周知と運用開始

就業規則の届出が完了したら、従業員への周知と運用開始に移ります。

説明会の開催と質疑応答

全従業員を対象とした説明会を開催し、就業規則の内容を詳しく説明します。特に変更点や建設業特有の規定については、具体例を交えながら分かりやすく説明することが重要です。質疑応答の時間を十分に設け、従業員の疑問や不安を解消します。

管理職への運用指導

現場監督や管理職に対しては、別途運用指導を実施します。就業規則に基づく適切な労務管理の方法、問題発生時の対応手順、記録の作成・保存方法などを具体的に指導し、組織全体での統一的な運用を図ります。

相談窓口の設置

就業規則の運用開始後は、従業員からの相談や質問に対応するための窓口を設置します。人事担当者や社会保険労務士などが対応し、運用上の問題を早期に発見・解決できる体制を構築します。

ステップ5:定期的な見直しと改善

就業規則は一度作成すれば終わりではなく、継続的な見直しと改善が必要です。

年1回の定期見直しを実施し、運用状況の確認、法改正への対応、従業員からのフィードバックの反映などを行います。見直しのタイミングは、年度初めや法改正の施行時期に合わせて設定することが効果的です。

年1回の定期見直しスケジュール

法改正への対応体制構築

労働関連法令は頻繁に改正されるため、迅速に対応できる体制を構築します。法改正情報の収集、影響度の分析、必要な対応の検討、就業規則の改定といった一連のプロセスを標準化し、確実な対応を図ります。

運用状況のモニタリング方法

就業規則の運用状況を定期的にモニタリングし、問題点の早期発見に努めます。労働時間管理の状況、懲戒処分の実施状況、従業員からの相談内容などを分析し、必要に応じて規則の見直しを行います。

専門家活用のタイミングと効果

建設業の就業規則整備は専門性が高く、適切な専門家の活用が成功の鍵となります。

社会保険労務士との連携メリット

社会保険労務士は労働関連法令の専門家であり、建設業特有の労働条件についても豊富な知識と経験を有しています。法令要件の確認、適切な条文の作成、労働基準監督署との調整など、専門的なサポートを受けることで、確実で効率的な就業規則整備が可能となります。

初回相談から運用まで一貫サポートの重要性

就業規則の整備は、作成から運用、見直しまで一連のプロセスがあります。初回相談から運用開始後のフォローまで一貫してサポートを受けることで、継続的で効果的な労務管理体制を構築できます。

継続的なフォローアップ体制の構築

法改正への対応、運用上の問題解決、定期的な見直しなど、継続的なフォローアップが重要です。専門家との長期的な関係を構築し、安心して事業運営に専念できる環境を整えることが、建設業の持続的成長につながります。

まとめ:建設業の未来を支える就業規則整備

今すぐ始められる第一歩

建設業における就業規則の整備は、決して難しいものではありません。大切なのは、まず第一歩を踏み出すことです。以下の3つのアクションから始めることで、確実に前進することができます。

現状の労働条件を文書化する

まずは、現在の労働条件や職場のルールを紙に書き出してみることから始めましょう。「朝何時から夜何時まで働いているのか」「雨の日はどう対応しているのか」「現場手当はどんな時に支給されるのか」など、当たり前だと思っていることを一つ一つ文書化してみてください。

この作業を通じて、「実は明確なルールがない」「人によって対応が違う」「法律的に問題があるかもしれない」といった課題が見えてきます。完璧である必要はありません。まずは現状を把握することが重要です。

従業員との対話機会を設ける

経営者や管理職だけで考えるのではなく、実際に現場で働いている従業員の声を聞くことが大切です。「今の労働条件で困っていることはないか」「もっと明確にしてほしいルールはないか」「他社ではどうしているか知っているか」など、率直な意見交換を行いましょう。

朝礼や安全会議の際に少し時間を取って話し合ったり、個別に面談の機会を設けたりすることで、経営陣が気づいていない問題点を発見できます。従業員の声を聞くことで、より実態に即した就業規則を作成できるようになります。

専門家への相談を検討する

建設業の就業規則は専門性が高く、法改正への対応も複雑です。「自分たちだけで対応するのは不安」と感じたら、迷わず専門家に相談することをお勧めします。社会保険労務士であれば、建設業特有の労働条件についても豊富な知識と経験を持っています。

初回相談は無料で対応している専門家も多く、「まずは現状を相談してみる」だけでも大きな価値があります。専門家のアドバイスを受けることで、効率的で確実な就業規則整備が可能になります。

次回予告:2024年問題への具体的対応

第2回では、建設業界に大きな影響を与えている「2024年問題」について、具体的な対応方法を詳しく解説します。

時間外労働上限規制の詳細解説

2024年4月から建設業にも適用された時間外労働の上限規制について、原則的上限(月45時間・年360時間)と特別条項付き協定の制限(年720時間、単月100時間未満、複数月平均80時間以内)を具体的に解説します。違反した場合の重い罰則についても詳しくご説明します。

36協定作成の実務ポイント

36協定の締結から労働基準監督署への届出まで、実務で必要となる具体的な手続きを分かりやすく解説します。労働者代表の適正な選出方法、時間外労働の具体的事由の記載方法、特別条項を設ける場合の注意点など、建設業で押さえておくべきポイントを詳しくお伝えします。

建設業特有の労働時間管理方法

直行直帰、複数現場での作業、泊まり込み勤務など、建設業特有の働き方における労働時間管理の方法を具体的に解説します。移動時間の労働時間性を判断する3要素、天候不良時の休業手当の取扱い、ITツールを活用した効率的な時間管理方法についても詳しくご紹介します。

建設業の働き方改革を成功させるため、次回もぜひご期待ください。適切な就業規則の整備により、法令遵守と現場運用の両立を実現し、建設業の明るい未来を一緒に築いていきましょう。


ご相談は上本町社会保険労務士事務所へ

建設業の就業規則でお困りのことはありませんか?現場の実情に合わせた規則づくりには、やはり専門的な知識が欠かせません。
法律をしっかり守りながらも、現場で実際に使える仕組みを作ることで、経営者の皆さまが本業に集中できる環境をお手伝いいたします。
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