副業兼業と就業規則

副業・兼業時代の幕開け!-中小企業が押さえておくべき視点と基本概念

「従業員から副業の申し出があったが、どう対応すれば良いかわからない」「副業解禁のメリットはあるのか」「就業規則に何を書けばいいのか」

こうした疑問を抱く経営者や人事担当者が急増しています。働き方の多様化が進む中、副業・兼業は単なるトレンドではなく、企業経営に直接影響を与える重要な制度へと変化しています。

副業・兼業に対する関心は年々高まっており、政府も積極的な推進方針を示しています。厚生労働省が公表している「副業・兼業の促進に関するガイドライン」では、企業に対して副業・兼業を原則容認する姿勢を求めており、人材確保と生産性向上の観点から制度整備の必要性が指摘されています 。

変わりゆく雇用環境と副業・兼業の位置づけ

現代の労働者が求めるのは、単なる収入の確保だけではありません。スキルの向上、多様な経験の獲得、キャリアの自己実現といった多面的な価値を副業・兼業に見出しています 。

企業側も、従業員の副業・兼業を通じたスキル向上効果や、優秀な人材の確保・定着効果を実感し始めています。限られた人的資源を最大限活用するため、従業員の能力向上と満足度向上が企業成長の鍵となります。副業・兼業制度の適切な導入により、これらの課題解決への道筋が見えてくるのです 。

本シリーズでは、副業・兼業制度を安全かつ効果的に導入するための実務的な知識とノウハウを、就業規則の整備を中心として体系的に解説していきます。

副業・兼業を取り巻く時代背景と政府の促進方針

現代の副業・兼業推進の背景には、複数の社会変化が複雑に絡み合っています。最も大きな要因は、終身雇用制度の変容です。高度経済成長期に確立された「新卒一括採用→社内育成→定年まで雇用」というモデルが、グローバル化やIT化による急速な変化に対応できなくなっています 。

企業が長期間をかけて社内で身につけさせた知識やスキルが、10年後も有効である保証はありません。変化の激しい現代では、従業員が主体的に自分の能力を磨き続ける必要があり、その手段として副業・兼業が注目されているのです 。

政府の積極的推進姿勢

政府は働き方改革の一環として、副業・兼業の普及促進を明確に打ち出しています。主な動きは以下の通りです

  • 2017年:厚生労働省が「働き方改革実行計画」を公表。多様な働き方を実現する手段として副業に言及
  • 2018年:「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を公表。副業解禁に必要な企業対応を明示
  • 2020年・2022年:ガイドラインを改訂し、より実用的な内容に更新
  • 2023年:事例集を公表し、具体的な取組方法や労働時間計算方法を詳細に示す

これらの政策背景には、副業推進による労働生産性向上と、少子高齢化による労働人口不足を補うという明確な狙いがあります 。

社会全体での意識変化

2025年の調査では、4割の社会人が副業経験を持ち、7割以上が「始めたい・続けたい」と回答するなど、社会全体での副業に対する意識が大きく変化しています 。副業は単なる収入補填ではなく、スキル活用やキャリア形成の手段として捉えられるようになりました 。

企業側でも、2023年には60.9%が副業を容認しており、制度として認める企業は着実に増加しています 。ただし、実際の副業実施率は8.4%程度にとどまっており、制度の整備と実際の運用には まだギャップがあるのが現状です 。

このような背景の中で、企業には適切な制度設計と運用体制の構築が求められており、特に就業規則での明確な規定整備が重要な課題となっています。

企業が副業解禁で得られるメリットと直面する課題

副業・兼業の解禁は、企業にとって両面性を持つ判断です。適切に制度設計すれば大きなメリットが得られる一方で、対策を怠るとリスクが顕在化する可能性があります。

副業解禁がもたらす主なメリット

優秀な人材の確保と定着率向上

副業を認めることは、優秀な人材を惹きつける強力な要素となります。能力の高い人材ほど多様な経験を求める傾向があり、副業可能な環境を積極的に選択します。また、本業以外にやりたいことがある従業員が、退職せずに社内に留まる効果も期待できます。

求人活動においても「副業OK」という条件は大きな訴求力を持ち、応募者の増加と質の向上につながります。特に若手人材やスキルの高い専門職は、副業制度の有無を重要な判断基準としています。

従業員のスキルアップと本業へのシナジー

副業を通じて従業員が新たなスキルや知識を獲得することで、本業にも良い影響が現れます。異なる業界や職種での経験は、固定化した思考を打破し、イノベーションの源泉となります。

社外での人脈形成により、新規事業のアイデアや取引先の開拓につながるケースもあります。従業員が社外で評価される経験は、自信とモチベーションの向上をもたらし、本業でのパフォーマンス向上にも寄与します。

企業ブランドイメージの向上

副業を認める企業は、柔軟で先進的な組織として評価されます。「働きやすい会社」「従業員を大切にする会社」というイメージは、採用活動だけでなく、取引先や顧客からの信頼獲得にもつながります。

副業解禁で直面する課題とリスク

労働時間管理の複雑化

副業を認めると、本業と副業を合算した労働時間管理が必要になります。労働基準法では、複数の事業主のもとで労働する場合、労働時間を通算して管理することが求められます。

週40時間の法定労働時間を超過した場合の割増賃金の支払い義務や、長時間労働による健康リスクの管理など、企業の負担は確実に増加します。適切な管理体制を構築しなければ、法令違反や労働災害のリスクが高まります。

情報漏洩と競業避止のリスク

副業先で自社の機密情報や顧客情報を流用されるリスクは、企業が最も懸念する点です。特に競合他社での副業や、競合するビジネスの立ち上げを許可してしまうと、企業の利益を直接損なう可能性があります。

技術情報やノウハウの流出は、企業の競争力を根本から揺るがす深刻な問題となります。明確な禁止事項の設定と、違反時の対応ルール整備が不可欠です。

本業への支障と生産性低下

副業による疲労の蓄積が本業のパフォーマンスを低下させるケースがあります。過度な副業により睡眠不足や体調不良が続けば、欠勤や遅刻の増加、業務の質の低下につながります。

また、副業での成功体験が本業への関心低下を招き、最終的に退職につながる可能性もあります。副業が本業を補完する関係ではなく、競合する関係になってしまうリスクへの配慮が必要です。

安全配慮義務の範囲拡大

企業は従業員の健康と安全を守る安全配慮義務を負っています。副業により過重労働状態に陥った従業員に健康被害が生じた場合、本業の企業も責任を問われる可能性があります。

副業の実態を把握し、必要に応じて健康面談や業務調整を行う体制整備が求められます。放置すれば、従業員の健康被害だけでなく、企業の法的責任や社会的信用の失墜につながりかねません。

これらのメリットとリスクの両方を正しく理解し、自社に適した副業制度を設計することが、副業解禁成功の鍵となります。

中小企業における副業導入の現状と必要性

副業・兼業制度の導入状況は、企業規模によって大きく異なる実態があります。大企業では制度整備が進む一方で、中小規模の企業では対応が遅れているのが現状です。

中小企業での副業制度の実態

大企業と比較すると、従業員数が少ない企業ほど副業制度の整備が遅れています。その背景には、いくつかの要因があります。

まず、就業規則の整備そのものが不十分なケースが多く見られます。副業規定以前に、基本的な労働条件や服務規律すら明文化されていない企業も少なくありません。また、人事労務の専門担当者がおらず、経営者自身が片手間で対応している状況では、複雑な副業制度の設計まで手が回らないのが実情です。

さらに、「副業を認めたら従業員が辞めてしまうのではないか」という懸念や、「限られた人数で運営しているのに、副業で疲弊されては困る」という現実的な不安も、制度導入を躊躇させる要因となっています。

今こそ中小企業に副業制度が必要な理由

しかし、むしろ規模の小さい企業こそ、副業制度の戦略的活用が求められる時代になっています。

人材確保の切り札として

求人市場では、待遇や知名度で大企業に劣る企業にとって、副業可能という条件は大きな差別化要素になります。給与水準を大幅に引き上げることは難しくても、副業による収入機会を提供することで、応募者を増やし、優秀な人材を惹きつけることができます。

特に若手人材やスキルの高い専門職は、給与だけでなく「働き方の自由度」を重視する傾向が強く、副業制度の有無が入社の決め手となるケースが増えています。

限られた人材の能力最大化

少人数で運営する企業では、一人ひとりの従業員が持つ能力の幅が経営を左右します。副業を通じて社外で得た知識やスキル、人脈を本業に還元してもらうことで、社内だけでは得られない成長機会を創出できます。

例えば、営業担当者が副業でマーケティングスキルを学び、本業の営業戦略に活かすといったシナジー効果が期待できます。社外での成功体験は従業員の自信となり、本業へのモチベーション向上にもつながります。

離職防止と定着率向上

本業以外にやりたいことがある従業員にとって、従来の選択肢は「退職して新たな道に進む」か「諦めて現状に留まる」の二択でした。副業制度があれば、会社に所属しながら新たな挑戦ができるため、有能な人材の流出を防ぐことができます。

副業での活動が軌道に乗らなかった場合でも、本業という安定した基盤があることで、従業員は安心してチャレンジできます。この「失敗しても戻れる場所がある」という安心感は、企業への信頼と忠誠心を高めます。

制度整備の第一歩として

副業制度の導入というと、複雑で手間のかかる取り組みと感じるかもしれません。しかし、まずは基本的なルールを就業規則に明記することから始められます。

「全面的に認める」「条件付きで認める」「原則禁止だが例外を認める」など、自社の実情に合わせた柔軟な制度設計が可能です。重要なのは、曖昧なまま放置せず、明確な基準とルールを定めることです。

適切な制度整備を行えば、副業に伴うリスクを最小限に抑えつつ、メリットを最大限に活かせます。
次回以降では、具体的な法的枠組みと就業規則への落とし込み方について、詳しく解説していきます。


中小企業にとって、副業制度は「人材確保」と「人材育成」を両立させる戦略のひとつです。
そのためには、就業規則でルールを明確に示し、従業員との間で認識を共有することが第一歩となります。
次回は、その土台となる法的枠組みを整理し、規定設計の実務に入る前のポイントを解説します。


副業・兼業制度の導入をご検討の企業様へ

副業制度の導入は、従業員の成長と企業の発展を両立させる重要な経営判断です。しかし、法令遵守、リスク管理、制度設計など、専門的な知識が必要となる場面も少なくありません。

上本町社会保険労務士事務所では、副業・兼業制度の導入から運用まで、企業様の実情に合わせた総合的なサポートを提供しております。

・副業制度導入の可否判断のご相談
・就業規則の整備・変更サポート
・労働時間管理体制の構築支援
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副業制度について「何から始めればいいのか分からない」「自社に合った制度設計を相談したい」という場合は、お気軽にお問い合わせください。初回相談では、貴社の現状をお伺いし、最適な導入方法をご提案いたします。

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