憲法の人権規定と私人間の関係への適用【三菱樹脂事件】

三菱樹脂事件

三菱樹脂事件とは、憲法の人権規定が私人間の関係にも適用されるかどうかが争われた代表的な民事訴訟事件です。

事案

東北大学法学部を卒業した原告は、三菱樹脂株式会社に採用されることとなったが、試用期間満了の際に、学生運動に参加していたことを理由に本採用を拒否された。原告は、これを思想・信条の自由の侵害として、雇用契約上の地位の確認を求めた。

争点・結論

憲法の人権規定は、国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定したものではない。したがって、憲法の人権規定を私人間にもそのまま適用することはできない(直接適用説の否定)。しかし、私人間の関係においても、個人の基本的な自由や平等に対する具体的な侵害またはそのおそれがあり、その態様、程度が社会的に許容しうる限度を超えるときは、立法措置によってその是正を図ることが可能であるし、また、場合によっては、民法などの私法規定の適切な適用によって、一面で私的自治の原則を尊重しながら、他面で社会的許容性の限度を超える侵害に対し基本的な自由や平等の利益を保護し、その間の適切な調整を図ることができる(間接適用説の一部採用)。本件においては、特定の思想を理由とした採用拒否は違法ではなく、採用試験時に思想について尋ねることも違法ではない。また、試用期間満了の際に雇用契約を解除する権利を留保するという条件の下で採用された原告に対して、その権利を行使することは、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許される。本件においては、そのような理由があったかどうかについて、高裁に差し戻す。

判旨

最高裁判所大法廷は、昭和48年12月12日に判決を言い渡し、原告の上告を棄却し、高裁判決を破棄して、高裁に差し戻した。

解説

憲法の人権規定の私人間効力について、直接適用説を否定し、間接適用説を一部採用することを明確に示した重要な判例です。
憲法の人権規定は、国または公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定したものではないというのが、最高裁の基本的な考え方です。しかし、それだけでは、私人間の関係においても、個人の基本的な自由や平等に対する具体的な侵害またはそのおそれがあり、その態様、程度が社会的に許容しうる限度を超えるときは、立法措置によってその是正を図ることが可能であるし、また、場合によっては、民法などの私法規定の適切な適用によって、一面で私的自治の原則を尊重しながら、他面で社会的許容性の限度を超える侵害に対し基本的な自由や平等の利益を保護し、その間の適切な調整を図ることができるということを示しました。
このように、憲法の人権規定の私人間効力は、直接適用することはできないが、間接適用することはできるということになります。この間接適用の方法としては、民法の一般条項である第1条や第90条、不法行為に関する第709条などを、憲法の趣旨に沿って解釈することが挙げられます。
例えば、民法第1条は、「法律は、公の秩序または善良の風俗に反しない限り、私事に関してその効力を生ずる」と定めていますが、この「公の秩序」や「善良の風俗」には、憲法の人権規定が保障する基本的な自由や平等の価値が含まれると考えることができます。したがって、憲法の人権規定が保障する自由や平等に反するような私事に関する法律関係は、無効となる可能性があります。このように、憲法の人権規定の私人間効力については、民法などの私法規定の解釈によって、個人の基本的な自由や平等を保護することができるということです。

関連条文:
憲法第14条、第19条、第22条、第29条、民法第1条、第90条、第709条、労働基準法第3条

三菱樹脂事件から学ぶべき事柄

憲法と私人間の関係: 憲法の人権規定は、主に国や公共団体と個人との関係に適用されますが、私人間の関係においても、民法を通じて憲法の精神を反映させることが可能です。

思想・信条と雇用: 企業は、特定の思想や信条を持つ人物の採用が事業運営に影響を及ぼすと判断した場合、採用を拒否する権利があります。採用試験での思想・信条に関する質問も法的に許容されています。

試用期間と解約権: 試用期間中に雇用契約を解除する権利を保有することは可能ですが、その行使には客観的かつ合理的な理由が求められます。ただし、解雇の自由は通常よりも広範に認められています。

関連判決

東京新聞事件: 学生運動への参加を理由に採用を取り消された原告が、思想・信条の自由の侵害を主張して訴訟を起こした事件です。最高裁は、新聞社の社会的使命を考慮し、採用拒否を不当と判断しました。

注意すべき事柄

採用時の思想・信条: 三菱樹脂事件では、採用試験での思想・信条の確認と、それを理由とした採用拒否が合法とされましたが、特殊な環境下の事業では異なる判断がなされる可能性があります。思想・信条以外の理由での採用拒否や、採用後の差別行為は違法となることがあります。

試用期間と解約権の行使: 試用期間中の雇用契約解除権の行使には、法令に基づく適切な手続きが必要です。不適切な解約は違法となる可能性があり、労働者の権利と生活を尊重する姿勢が求められます。

憲法の私人間効力: 憲法の人権規定は直接私人間には適用されませんが、民法の解釈を通じて間接的に影響を与えることがあります。そのため、憲法の人権規定の私人間効力には注意が必要です。

経営者・管理監督者の方へ

  • 採用や雇用における思想・信条の自由を尊重しつつも、企業の事業運営に著しい支障がある場合には、一定の範囲で採用拒否や解雇が許容される可能性があります。ただし、その判断は慎重に行う必要があります。
  • 試用期間中の解雇については、客観的かつ合理的な理由が求められます。不当な解雇は労働関係紛争に発展する可能性があるため、労働基準法などの関連法令を遵守し、手続きを適切に行うことが重要です。
  • 憲法の人権規定は私人間には直接適用されませんが、民法などを通じてその精神が反映される可能性があります。採用、雇用管理においては、法的リスクを十分に検討する必要があります。

従業員の方へ

  • 思想・信条の自由は憲法で保障されている重要な権利です。採用や雇用において不当な差別的取扱いを受けた場合は、法的救済を求めることができます。
  • 試用期間中であっても、客観的な合理性がない解雇は不当labor行為として救済される可能性があります。適切な手続きを確保することが重要です。
  • 憲法の精神は民法などを通じて私人間の関係にも一定の影響を与えますが、効果には限界があります。必要に応じて専門家に相談することをお勧めします。 
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