時間外労働・深夜労働に対する割増賃金【医療法人社団康心会事件】

医療法人社団康心会事件

医療法人に雇用されていた医師が解雇された後、時間外労働および深夜労働に対する割増賃金の支払いを求めた事例です。

争点・結論

時間外労働等に対する割増賃金をあらかじめ基本給等に含める方法で支払う場合、労働基準法第37条の賃金全額払の原則の趣旨に反するかどうかが争点となりました。最高裁は、この方法自体が直ちに同条に反するものではないが、基本給等の定めにおいて、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別できることが必要であり、本件の場合はその要件を満たしていないとして、医師の請求を一部認容しました。

判旨

労働基準法第37条は、使用者が割増賃金を支払うことにより、時間外労働等を抑制し、労働者に補償を提供することを目的としています。割増賃金の算定方法は、法律、政令、及び厚生労働省令によって具体的に定められており、使用者は法令で定められた額以下の割増賃金を支払うことはできません。基本給に割増賃金を含める支払い方法は、法第37条に直接反するものではありませんが、通常の労働時間に対する賃金と割増賃金の部分を明確に区別できる必要があります。
本件では、医師と医療法人との間で年俸に割増賃金を含める合意があったものの、割増賃金に相当する部分が明確でなかったため、医師の請求の一部が認められました。

解説

固定残業代の有効性に関する重要な判例です。
固定残業代とは、基本給に時間外労働等の割増賃金を含めて支払う方法です。この方法は、労働時間管理の容易化や賃金負担の抑制というメリットがありますが、労働者保護の観点からは、時間外労働の抑制や補償の目的に反するという批判もあります。
本判決は、固定残業代の支払い方法が法に反するわけではないものの、その有効性を判断する際には、基本給と割増賃金を明確に区別できることが必要であるという厳格な基準を設けました。また、割増賃金に相当する金額が法令で定められた額を下回る場合は、その差額を支払う義務があるとされ、労働者の権利と使用者の権利のバランスを図るものとされています。

関連条文: 労働基準法第11条(労働の対償としての賃金)、同第24条第1項(賃金全額払の原則)、同第37条(時間外労働等に対する割増賃金)、同第119条(罰則)。

医療法人社団康心会事件から学ぶべき事柄

  • 時間外労働等に対する割増賃金をあらかじめ基本給等に含める方法は、直ちに違法となる訳ではないが、その有効性を判断する際には、厳格な基準が設けられている。
  • 基本給等の定めにおいて、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要であり、割増賃金に当たる部分の金額が法令で定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは、その差額を支払う義務がある。

関連判例

  • 日本航空事件: 時間外労働等に対する割増賃金をあらかじめ基本給等に含める方法で支払う場合において、その有効性に関し、労働基準法第24条第1項の賃金全額払の原則の趣旨に反するとして、労働者の請求を全面的に認容した事例。
  • 日本電気事件: 時間外労働等に対する割増賃金をあらかじめ基本給等に含める方法で支払う場合において、その有効性に関し、労働基準法第24条第1項の賃金全額払の原則の趣旨に反しないとして、労働者の請求を全面的に棄却した事例。

注意すべき事柄

  • 時間外労働等に対する割増賃金をあらかじめ基本給等に含める方法で支払う場合は、その内容や効果を労働者に十分に説明し、書面に署名させること。
  • 基本給等の定めにおいて、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別できることを確認すること。
  • 時間外労働等に対する割増賃金をあらかじめ基本給等に含める方法で支払う場合は、割増賃金に当たる部分の金額が法令で定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないことを確認すること。下回る場合は、その差額を支払う義務があることを理解すること。

経営者・管理監督者の方へ

  • 時間外労働等の割増賃金を基本給に含めて支払う方法(固定残業代)自体は違法ではありませんが、以下の点に十分注意する必要があります。
  • 労働者との労働契約や就業規則等で、基本給のうち「通常の労働時間に対する賃金」と「割増賃金相当分」をはっきり区分・明記しなければなりません。
  • 割増賃金相当分の金額は、労基法で定める計算方法により算出した割増賃金額を下回ってはいけません。下回る場合は不足分を追加で支払わなければなりません。
  • 固定残業代を採用する場合は、労働者にその内容と影響を十分説明し、書面による同意を得る必要があります。
  • 固定残業代の運用では、実際の時間外労働を把握し、割増賃金額を確認する仕組みが必要不可欠です。長時間労働にならないよう注意が必要です。
  • 最新の判例動向や法改正にも常に注意を払い、固定残業代の取扱いを適切に見直す必要があります。

従業員の方へ

  • 会社から固定残業代を提案された場合、その内容をよく確認し、自身の労働時間を考慮して判断することが重要です。
  • 固定残業代の金額が労基法で定める割増賃金額を下回る場合は同意すべきではありません。不足分の支払いを求めるべきです。
  • 固定残業代の金額内訳が不明確な場合は、会社に基本給と割増賃金相当分の区分を明示するよう求めましょう。
  • 自身の時間外労働時間が過大にならないよう、労働時間の適正な管理に留意する必要があります。
  • 固定残業代の賃金計算が適正でない場合は、労働組合や労働基準監督署に相談するなど、自身の権利を守る対応が求められます。