ネスレ日本事件【懲戒処分と権利濫用】

ネスレ日本の工場勤務の従業員が、体調不良による欠勤を有給休暇に振り替えたいと申し出たが、上司に拒否された。その不服から上司に暴行を加えた。会社は刑事事件の結果を待って処分を検討することにしたが、暴行事件から約7年後に不起訴となった後、約1年後に諭旨退職処分を行った。従業員は退職に応じなかったため、懲戒解雇された。従業員は懲戒解雇の無効を主張して訴訟を起こした。

争点・結論

会社の懲戒処分は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない権利の濫用であるとして、無効とされた。

判旨

使用者の懲戒権は、企業秩序維持のための権能であるが、懲戒事由に該当する事実があっても、それが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、権利の濫用として無効である。本件では、暴行事件は職場で就業時間中に行われたもので、目撃者がいたため、捜査の結果を待たずとも処分を決定できた。しかし、会社は7年以上の長期間にわたって処分を保留し、さらに不起訴となった後約1年経ってから重い懲戒処分を行った。このように一貫性を欠く対応は、処分時点において企業秩序維持の観点から必要な措置とは言えない。そもそも不起訴となった後は、別途就業規則に基づいた適正な措置を検討すべきであった。以上の理由から、会社の懲戒処分は権利の濫用であり、無効であるというべきである。

解説

懲戒処分の内容や時期について、使用者の裁量に任せるのではなく、客観的に合理的かどうかを厳しく判断したものと言えます。懲戒処分は、労働契約上の安全配慮義務として民法709条に基づくものであり、使用者は労働者の違反行為に対して、適切な処分を行う義務があります。しかし、その処分が過度に重く、違反行為の程度や経過時間と釣り合わない場合は、権利の濫用として無効になります。本件では、暴行事件は重大な違反行為であったとしても、処分が遅すぎて、職場の秩序回復に寄与しないと判断されました。また、不起訴となったにもかかわらず、懲戒解雇に等しい諭旨退職処分を行ったことは、合理的な理由がないとされました。このように、懲戒処分は、使用者の一方的な判断ではなく、客観的な基準に照らして行われるべきであるということが示されました。

関連条文:民法709条、労働契約法第15条

ネスレ日本事件から学ぶべき事柄

懲戒処分は、使用者の裁量に任せるのではなく、客観的に合理的かどうかを厳しく判断される。
懲戒処分が過度に重く、違反行為の程度や経過時間と釣り合わない場合は、権利の濫用として無効になる。
懲戒処分は、使用者の一方的な判断ではなく、客観的な基準に照らして行われるべきである。

関連判例

日本航空事件(懲戒処分と権利濫用):この事件では、懲戒処分の内容や時期が客観的に合理的であると認められ、権利の濫用ではないとされた。
日本航空機内販売事件(懲戒処分と権利濫用):この事件では、懲戒処分の内容や時期が客観的に合理的でないと認められ、権利の濫用であるとされた。

注意すべき事柄

懲戒処分を行う前に、違反行為の事実や程度を確認し、処分の内容や時期を適切に決定することが必要です。処分の内容や時期は、違反行為の重さや影響、職場の秩序回復の必要性などを考慮に入れることが重要です。
懲戒処分を行う際には、処分の内容や理由を労働者に明確に説明し、周知徹底することが必要です。処分の内容や理由は、客観的に合理的であることを示すことが重要です。
懲戒処分を行った後には、労働者の反省や改善を促し、再発防止のための措置をとることが必要です。措置には、教育や指導、面談などの方法が考えられます。

経営者・管理監督者の方へ

  • 懲戒処分は企業秩序維持のために重要な権能ですが、その運用には慎重さが求められます。
  • 処分の内容や時期については、違反行為の重大性、経緯、影響度等を総合的に勘案し、客観的に合理性があるかを慎重に検討してください。
  • 処分の理由については労働者に対して丁寧に説明し、理解を求める必要があります。一方的な判断は避けましょう。
  • 処分が重すぎたり、遅すぎたりすると「権利の濫用」と判断される可能性があります。処分時期を過度に引き延ばすことは避けてください。
  • 不起訴になった場合でも、そのまま従業員を復職させるのではなく、別途就業規則に基づいた適正な措置を検討する必要があります。
  • 懲戒処分後は、従業員の更生と再発防止に向けた指導や支援を適切に行うことが重要です。

従業員の方へ

  • 違反行為があれば、使用者からの適正な懲戒処分は受け入れる必要があります。
  • 処分の内容や理由について、使用者から丁寧な説明を受ける権利があります。納得がいかない場合は上申してください。
  • 処分が重すぎたり遅すぎたりする場合、「権利の濫用」になり無効となる可能性もありますが、専門家に相談するのが賢明です。
  • 懲戒処分を受けても、真摯な姿勢と行動で信頼回復に努め、再発防止を心がける必要があります。
  • 使用者の過剰な処分には労働組合や労基署に相談できますが、冷静な対応が求められます。