宿泊業のシフト管理と休日設計【宿泊業と就業規則】3

第3回:宿泊業のシフト管理と休日設計

宿泊業は24時間365日のサービス提供を前提とした業種であり、適切なシフト制と休日設計は経営の根幹を成す重要な要素です。
厚生労働省の「令和4年就労条件総合調査」によれば、宿泊業における年間休日数の平均は103.2日と、全産業平均(111.7日)を下回っています。また、宿泊業の離職率は18.7%と高く、その主な理由として「休日・休暇が少ない」「シフトの不規則さ」が上位に挙げられています。

近年の人手不足が深刻化する中、シフト管理と休日設計は単なる労務管理の問題を超え、人材確保・定着の鍵を握る経営戦略となっています。特に「働き方改革」によって年5日の年次有給休暇取得が義務化され、労働時間の上限規制も強化されたことで、宿泊業においても効率的かつ法令遵守に基づいたシフト管理が求められています。

適切なシフト設計と休日管理がもたらすメリットは多岐にわたります。

  • 従業員の健康維持とワークライフバランスの向上
  • 人材の定着率向上による採用コストの削減
  • サービス品質の安定化と顧客満足度の向上
  • 労務トラブルや法令違反リスクの低減
  • 繁忙期・閑散期に応じた人件費の最適化

山形県の老舗旅館「S荘」では、休日設計の見直しにより、従業員の離職率が年間25%から9%に減少し、結果として5年間で採用コストを約40%削減することに成功しました。このように、シフト管理と休日設計は宿泊業の持続可能な経営において極めて重要な要素なのです。

宿泊業に適した休日設計の方法から、繁忙期対応、年次有給休暇の管理、効果的なシフト作成まで、実務に即した内容をお届けします。

1. 宿泊業に適した休日設計

法定休日と所定休日の違いと設定方法

宿泊業において適切な休日設計は、従業員の定着と満足度向上に直結する重要課題です。まず、法定休日と所定休日の違いを明確に理解しましょう。

法定休日とは、労働基準法第35条で定められた、使用者が従業員に必ず与えなければならない休日です。週に少なくとも1日、または4週間に4日以上の休日付与が義務付けられています。法定休日に従業員を働かせた場合、35%以上の割増賃金を支払う必要があります。この義務を怠ると、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される可能性があります。

一方、所定休日は法定休日以外に企業が独自に定める休日です。労働基準法第32条により、1日8時間、週40時間を超える労働をさせてはいけないため、週5日労働の場合、法定休日に加えてもう1日の休日(所定休日)が必要となります。所定休日に労働させた場合は、法定外休日労働として扱われ、割増率は25%以上となります。

宿泊業では、一般的に日曜日を法定休日、土曜日を所定休日とするケースが多いですが、24時間営業という特性上、曜日固定ではなくシフト制で休日を設定するケースも一般的です。この場合は、就業規則で「毎週1日の法定休日をシフト表で指定する」といった規定方法が適しています。

4週4日、4週8日など各種休日パターンの比較

宿泊業では繁閑の差が大きいため、変形労働時間制と組み合わせた休日パターンが効果的です。主な休日パターンとして、以下の比較表を示します

休日パターン概要メリットデメリット適合施設
週休1日(4週4日)1週に1日の休日を確保繁忙期に人員を多く配置できる従業員の負担が大きい小規模旅館・ペンション
4週8日4週間で8日の休日を確保週により休日数を調整可能連続勤務日数が長くなる可能性季節変動の大きい観光ホテル
週休2日制(4週8日固定)毎週2日の休日を確保従業員の生活リズムが安定繁忙期の人員確保が難しいシティホテル
月9日休月に9日の休日を確保従業員満足度が高い人件費負担が大きい高級リゾートホテル

「4週4日」は労働基準法で認められている最低限の休日設定で、宿泊業でも最低限クリアすべき基準です。ただし、極端な例では24連勤も理論上可能となるため、従業員の健康管理の観点からは避けるべきでしょう。

「4週8日」は一般的な週休2日制に相当しますが、宿泊業では週によって休日数を変動させることが多いです。特に、祝日や夏期・冬期休暇の有無によって年間の総休日数は大きく変わるため、これらの特別休暇をどう設定するかも重要なポイントです。

年間カレンダー作成の具体的ステップと考慮点

宿泊業における年間カレンダー作成は、以下のステップで進めると効率的です

  1. 年間の繁忙期・閑散期の分析
  • 過去数年間の稼働率データを月別・週別に分析
  • 地域のイベントや観光シーズンを把握
  • 祝日・連休の集客影響度を数値化
  1. 必要人員数の算出
  • 繁忙期・閑散期ごとの必要人員を部門別に算出
  • 稼働率と人員配置の相関関係を分析
  1. 休日配分の決定
  • 閑散期に休日を多く配置する戦略的休日設計
  • 従業員の希望休取得を考慮したバッファの確保
  • 法定休日の確実な確保と記録
  1. カレンダー作成と周知
  • 四半期または半年単位での休日カレンダー作成
  • 従業員への早期周知(少なくとも1ヶ月前)
  • 急な予約状況変化に対応するための調整ルール設定

特に宿泊業では、通常の祝日が最も忙しい時期となることが多いため、祝日出勤を基本としつつ、閑散期に代休や振替休日を集中させる設計が有効です。

祝日対応と振替休日の効果的な設計方法

宿泊業では祝日に営業するのが基本ですが、効率的な振替休日の設計が重要です。

振替休日とは、事前に休日と労働日を入れ替えるもので、振替後の元々の労働日が休日となります。この場合、元の休日は労働日となるため割増賃金は不要ですが、時間外労働に該当する場合は時間外労働の割増賃金が必要です。

振替休日を有効に設定するためには、以下の条件を満たす必要があります

  • 就業規則に振替休日についての規定を設ける
  • 振替える休日と労働日を明確に指定する
  • 事前に振替内容を従業員に通知する
  • 法定休日の要件(週1日または4週4日以上)を満たす

一方、急な休日出勤があった場合に事後的に休日を与える代休は、休日労働扱いとなるため、法定休日であれば35%以上の割増賃金の支払いが必要です。

宿泊業では繁忙期と閑散期の差が大きいため、繁忙期の祝日労働に対して、閑散期に振替休日を集中させる設計が効果的です。
たとえば、GWや年末年始の繁忙期に出勤した分の振替休日を6月や11月などの閑散期に設定することで、人員の効率的な配置と従業員の休息確保を両立できます。

また、振替休日は暦日(0時から24時まで)で取得する必要があり、半日を2日に分けて取得することは認められていないため注意が必要です。

効果的な休日設計は宿泊業における人材確保と定着の鍵です。従業員の健康と満足度を守りながら、業務効率を維持できる休日設計を心がけましょう。

2. 繁忙期における休日出勤対応

繁忙期予測に基づく柔軟な休日設計手法

宿泊業では、ゴールデンウィーク、お盆、年末年始などの特定期間に宿泊需要が集中する傾向があります。効率的な人員配置と従業員のワークライフバランスの両立には、繁忙期の適切な予測と柔軟な休日設計が不可欠です。

予測精度の向上

  • 過去3年分の稼働率データを月別・週別・曜日別に分析
  • 地域イベントカレンダーとの連動(祭り、コンベンション等)
  • 季節要因(紅葉、スキーシーズン等)の影響の数値化
  • 予約システムデータを活用したリアルタイム需要予測

柔軟な休日設計モデル

  • 「繁閑メリハリ型」:繁忙期は最低限の休日確保、閑散期に連休を集中
  • 「平準化型」:繁忙期も定期的な休日を確保しつつ、業務効率化で対応
  • 「交代制補強型」:繁忙期は全員シフト+パート増員、閑散期は交代で長期休暇

宿泊業における休日数増加の事例として、岩手県の「株式会社J」では、生産性向上と高付加価値化により休日数の増加と業績向上を両立させています。この施設では火曜・水曜を定休日とし、連休が取りやすい環境を整備することで、従業員の満足度向上と離職率の低下を実現しています。

特に効果的なのは、年間を通じて計画的に「休館日」を設定する方法です。宮城県の「株式会社ホテルS」では、事前の検証に基づく休館日の設定で、売上への影響を最小限に抑えながら長期休暇の取得を促進しています。このように、繁閑予測に基づいた戦略的な休日設計が、人材確保と経営効率の両立に貢献します。

休日出勤命令に関する具体的な就業規則記載例

宿泊業では、繁忙期の休日出勤はある程度避けられないものですが、従業員に休日出勤を命じるには、適切な法的手続きと就業規則への明記が必要です。

休日出勤を命令するための主な要件は以下の通りです

  1. 36協定を締結していること
  2. 休日出勤の理由・日数・時間数が36協定の範囲内であること
  3. 就業規則または雇用契約で休日出勤命令が認められていること

休日出勤に関する就業規則記載例

第○○条(休日出勤)
1. 会社は、繁忙期等業務の都合により必要がある場合には、あらかじめ従業員に通知のうえ、第△条に定める休日(法定休日及び所定休日)に出勤を命じることがある。
2. 前項の規定に基づき法定休日に労働させる場合は、会社は従業員の代表と締結した時間外・休日労働に関する労使協定(36協定)の範囲内で行うものとする。
3. 繁忙期(ゴールデンウィーク、お盆、年末年始など)においては、原則として全従業員が交替で休日出勤するものとする。
4. 休日出勤を命じられた従業員は、業務上の特段の支障がない限り、これに従わなければならない。
5. 法定休日に労働した場合は、労働基準法の定めるところにより、通常の賃金の35%以上の割増賃金を支払う。所定休日に労働した場合で法定時間外労働に該当する場合は、通常の賃金の25%以上の割増賃金を支払う。
6. 休日出勤に対して、会社が指定する時季に代休を取得させることがある。代休取得の有無にかかわらず、前項の割増賃金は支払うものとする。

この記載例では、休日出勤命令の法的根拠を明確にし、従業員への事前通知や繁忙期の交替出勤など、具体的な運用方法も規定しています。

休日労働の割増賃金計算と代休付与の関係

休日労働の割増賃金と代休付与は、誤解されやすい点であり、適切な管理が求められます。

休日労働の割増賃金

  • 法定休日(週1日または4週4日)に労働した場合:通常賃金の35%以上の割増
  • 法定外休日(会社独自の休日)に労働した場合:時間外労働となる部分について通常賃金の25%以上の割増

代休と割増賃金の関係
代休を付与しても、休日労働に対する割増賃金の支払い義務は免除されません。具体的には

  1. 法定休日に労働した場合
  • 35%以上の割増賃金の支払いが必要
  • 代休を取得させても、割増部分(35%)の支払いは必要
  • 代休取得日の基本給部分(100%)は控除可能
  1. 法定外休日に労働した場合
  • 時間外労働となる場合は25%以上の割増賃金が必要
  • 代休取得によって基本給部分を相殺可能

例えば、時給2,000円の従業員が法定休日に8時間労働し、後日代休を取得した場合

  • 休日労働分:2,000円 × 8時間 × 1.35 = 21,600円
  • 代休取得による控除:2,000円 × 8時間 = 16,000円
  • 実際の支払額:21,600円 – 16,000円 = 5,600円(割増分のみ)

代休付与と割増賃金の関係を就業規則に明記することで、従業員の誤解を防ぎ、透明性のある労働環境を整備できます。

休日出勤の公平性確保のためのローテーション設計

宿泊業の繁忙期における休日出勤は避けられない場合が多いですが、特定の従業員に負担が集中すると不満やトラブルの原因となります。公平性を確保するためのローテーション設計が重要です。

公平なローテーション設計のポイント

  • 全従業員を対象とした透明性の高いシフト設計
  • 繁忙期の休日出勤回数が均等になるよう配慮
  • 連続休日出勤を避け、適切な休息の確保
  • 個人の事情(家庭状況、通勤距離等)も考慮した柔軟な対応

具体的なローテーション手法

  1. ポイント制の導入
  • GWや年末年始など「重み付け」された休日出勤にポイントを設定
  • 年間を通じて各従業員のポイントが均等になるよう調整
  • 翌年のシフト設計に前年のポイントを反映
  1. グループ制の採用
  • 従業員を複数のグループに分け、繁忙期ごとに担当グループを交代
  • 例:Aグループ(GW担当)、Bグループ(お盆担当)、Cグループ(年末年始担当)
  1. 希望制と指定制の併用
  • 年間の繁忙期から「必ず出勤する日」を各自に選択させる
  • 残りの必要人員は公平に割り当て

従業員個々に背景事情は異なりますが、同条件下ならば勤務日や勤務時間に差が出ないシフトとすることが重要です。勤務日の並びや休日の配置、連続勤務時間など、多角的に偏りがないようチェックすることで、全従業員にとって平等な環境を確保できます。

効果的なローテーション設計により、休日出勤の負担を分散させることで、従業員の不満を減らし、人材の定着率向上につながります。また、シフト表は可能な限り早期に(少なくとも1ヶ月前までに)提示することで、従業員の私生活との調和を図ることも重要です。

3. 年次有給休暇の時季変更権の適切な行使

時季変更権行使の法的要件と限界

時季変更権とは、労働者が指定した有給休暇の取得日を、事業主が別の日に変更できる権利です。労働基準法第39条第5項では「請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる」と規定されています。

ただし、この権利は無制限に行使できるものではなく、以下の法的要件と限界があります。

法的要件

  • 「事業の正常な運営を妨げる場合」という要件を満たさなければならない
  • 単に「忙しいから」「人手不足だから」という漠然とした理由では不十分
  • 具体的な業務上の支障が客観的に認められる必要がある

判例で示された基準
最高裁判例(新潟鉄道郵便局事件 最二小判昭60.3.11)では、「労働者が年休を取得しようとする日の仕事が、担当業務や所属部・課・係など一定範囲の業務運営に不可欠で、代替者を確保することが困難な状態」を指すとされています。

時季変更権の限界

  • 常に人手不足状態にある場合には認められない傾向がある
  • シフト調整が可能なのにそれを行わなかった場合は認められない
  • 形式的な理由ではなく実質的な必要性が求められる
  • 恣意的な行使(特定の従業員のみに行使するなど)は認められない

宿泊業の場合、24時間運営や季節変動の大きさから、時季変更権を行使したい場面が多く発生しますが、その行使には明確な業務上の支障が必要です。例えば、チェックイン・チェックアウト時の混雑時間帯にフロント責任者が不在になる場合などは、時季変更権が認められる可能性が高いでしょう。

繁閑に応じた時季変更権行使の具体的基準

宿泊業において、繁閑の差が大きいことを理由に時季変更権を行使する場合、以下の具体的基準に基づいて判断することが重要です。

時季変更権行使が認められやすい具体的ケース

  1. 代替者の確保が困難な場合
  • フロントマネージャーや料理長など、他の人では代替困難な専門的職位の従業員
  • 特定の顧客対応や予約内容を熟知している唯一の担当者
  • 外国語対応可能なスタッフが限られている場合の外国人団体客受入日
  1. 同時に多数の休暇申請が集中した場合
  • 同じ部署の従業員の半数以上が同じ日に休暇を申請
  • 少人数部門で複数名が同時に休暇申請
  • 代替人員を確保できない場合の予約集中日
  1. 特殊な業務や行事が予定されている場合
  • ホテル内の大型イベントやウェディングなど特別な行事
  • 施設の点検・修繕など、事前に計画された業務
  • 予約システムの更新・変更など、専門知識を持つ担当者の立会いが必要な日

時季変更権行使が認められにくいケース

  1. 単に「繁忙期だから」という漠然とした理由
  2. 恒常的な人手不足を理由とする場合
  3. 代替者の配置や業務調整の努力を怠った場合
  4. 計画的な人員配置をしていなかった場合

例えば、ゴールデンウィークという理由だけでは時季変更権行使は認められませんが、「ゴールデンウィーク期間中にホテルが満室であり、当該従業員がフロント責任者として配置されており、代替となる同等の知識・経験を持つ従業員がいない」といった具体的かつ客観的な理由がある場合は認められる可能性が高まります。

就業規則への時季変更権関連規定の記載例

就業規則に時季変更権について明確に規定しておくことで、後のトラブルを防止することができます。以下に、宿泊業向けの記載例を示します。

第○条(年次有給休暇の時季変更)
1. 従業員は、年次有給休暇を取得しようとする場合、原則として14日前までに所定の休暇申請書により、所属長に届け出なければならない。

2. 会社は、前項の届出があった場合、原則としてその届出どおりに年次有給休暇を与える。ただし、請求された時季に年次有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合は、他の時季に変更することがある。

3. 前項ただし書きに基づく時季変更を行う場合、会社は以下の事情を総合的に考慮する。
   (1) 繁忙期(ゴールデンウィーク、お盆、年末年始等)における予約状況
   (2) 同一部署内の他の従業員の休暇取得状況
   (3) 代替要員の確保可能性
   (4) 当該業務の専門性と緊急性
   (5) 顧客サービスへの影響度

4. 会社は、時季変更を行う場合、変更を必要とする理由を明示し、従業員との協議に努める。また、できる限り従業員の希望に沿った代替日を提示するものとする。

5. 複数の従業員から同一時季に年次有給休暇の申請があり、その全員に休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合は、会社は従業員間の話し合いによる調整を促すものとする。調整が困難な場合は、公平性を考慮して会社が時季変更を行う従業員を決定する。

この記載例では、時季変更権の行使条件を明確にし、恣意的な運用を避ける工夫をしています。特に宿泊業の特性を踏まえ、繁忙期や予約状況、代替要員の確保可能性などの考慮要素を明記しています。

トラブル回避のためのコミュニケーション方法

時季変更権の行使はトラブルに発展しやすいテーマです。特に宿泊業では、休日出勤が多い中での有給休暇取得は従業員にとって重要な権利です。トラブルを回避するためのコミュニケーション方法を以下に示します。

1. 事前の情報共有とルール明確化

  • 繁忙期のカレンダーを年初に共有し、有給休暇取得の調整が必要な時期を明示
  • 部署ごとの最低人員数を設定し、透明性のある運用を心がける
  • 有給休暇申請の期限(例:14日前)を設け、計画的な人員配置を可能にする

2. 時季変更権行使時の丁寧な対応

  • 変更の必要性を文書で具体的に説明する
  • 口頭でも丁寧に理由を説明し、理解を求める
  • 単独の従業員だけに変更を求めず、公平性を確保する
  • 代替日の候補を複数提示し、選択肢を与える

3. 部署内での自主調整の促進

  • いきなり時季変更権を行使するのではなく、まず部署内での自主調整を促す
  • 「皆さんの中で調整をお願いします」という形で協力を求める
  • 調整が難しい場合のみ、最終手段として時季変更権を行使する姿勢を示す

4. 代替案の提示

  • 完全な休暇取得が困難な場合、半日単位での分割取得を提案
  • 繁忙時間帯を避けた時間休の活用
  • 閑散期に連続休暇を取得できるようなインセンティブの提供

事例として、京都市内のホテルでは、年末年始の有給休暇申請が集中した際、一律に時季変更権を行使するのではなく、「部署内で調整のうえ、最低2名は常時勤務可能な状態を維持すること」というガイドラインを示し、従業員間の自主的な調整を促しました。その結果、無用なトラブルを回避しつつ、適切な人員配置が実現できたという実績があります。

時季変更権の行使は最終手段と考え、まずは計画的な人員配置と従業員との丁寧なコミュニケーションを心がけることが、宿泊業における円滑な労務管理につながります。

4. 休日・休暇取得促進策と就業規則への反映

年5日取得義務化への対応策と管理方法

2019年4月から施行された労働基準法改正により、使用者は年10日以上の有給休暇が付与される労働者に対して、年5日の有給休暇を確実に取得させることが義務付けられました。宿泊業のように24時間体制での運営が求められる業種では、この義務化への対応は特に重要な課題です。

年5日取得義務化の対象者と罰則

  • 対象者:年間10日以上の有給休暇が付与される従業員(正社員だけでなく、パート・アルバイトも条件を満たせば対象)
  • 罰則:違反した場合、対象労働者1人につき30万円以下の罰金

効果的な管理方法

  1. 有給休暇管理簿の作成
  • 労働者ごとに有給休暇取得状況を記録する「有給休暇管理簿」を作成し、3年間保存する必要があります
  • 従業員ごとの有給休暇付与日、取得日、残日数を明記
  • システム管理でも出力可能な状態であれば問題ない
  1. 時季指定の活用
  • 労働者が自ら有給休暇を取得しない場合、使用者が時季を指定して取得させる
  • 対象期間の後半に未取得日数が多い従業員をピックアップし、計画的に取得を促進
  • 半日単位の取得も0.5日としてカウント可能(ただし時間単位の取得は5日義務の対象外)
  1. 定期的な取得状況チェック
  • 四半期ごとに全従業員の取得状況を確認
  • 基準日からの経過月数に応じた取得目標を設定(例:6か月経過で2.5日以上)
  • 未取得者へのアラート機能を導入

大阪府のリゾートホテルでは、基準日から3か月後、6か月後、9か月後に有給取得状況を確認し、取得が進んでいない従業員には個別に声掛けを行うというサイクルで、全従業員の年5日取得を実現しています。

計画的付与制度の導入と運用方法

計画的付与制度は、年次有給休暇のうち5日を除く部分について、労使協定を結ぶことで計画的に休暇取得日を割り振れる制度です。宿泊業では、閑散期に合わせて計画的付与を設定することで、効率的な人員配置と有給休暇取得率向上を両立できます。

計画的付与制度導入の手続き

  1. 就業規則への明記
   第○条(年次有給休暇の計画的付与)
   会社は、労働者代表と書面による協定を締結した場合、その定めに従い、年次有給休暇日数のうち5日を超える部分について、あらかじめ時季を指定して取得させることができる。
  1. 労使協定の締結
  • 協定に記載すべき事項:計画的付与の対象労働者、対象となる有給休暇の日数、計画的付与の具体的方法、有効期間

計画的付与の実施方法

  1. 一斉付与方式
  • 宿泊施設全体で一斉に休館日を設定し、全従業員が休暇を取得
  • 設備メンテナンスや大規模清掃と組み合わせて実施する効果的
  1. 交代制付与方式
  • フロント、レストラン、清掃など部門ごとに異なる日程で休暇を取得
  • 営業を継続しながら休暇取得を促進できる方式
  1. 個人別付与方式
  • 従業員ごとに計画表を作成し、本人の希望に応じて取得日を設定
  • 記念日や誕生日など個人的な特別日に合わせたメモリアル休暇として活用

計画的付与を活用した事例
閑散期(6月・11月)に計画的付与による3連休を設け、夏季休暇と組み合わせることで最大9連休を実現している京都のホテルの例があります。就業規則では「閑散期には計画的付与による連続休暇取得を推奨する」と明記し、積極的な取得を促進しています。

休暇取得率向上のための部門間連携方法

宿泊業の課題として、部門ごとの業務特性から休暇取得に差が生じやすいという点があります。部門間の連携を強化することで、この課題を解消し、全従業員の休暇取得率向上を実現できます。

効果的な部門間連携方法

  1. マルチタスク人材の育成
  • 部門をまたいで業務を担当できる人材を育成
  • 基本的な業務マニュアルの共有と相互研修の実施
  • 「お互いの業務をカバーしあう体制」の構築
  1. 週次ミーティングによる調整
  • 毎週金曜日に翌週の来客見込み数を確認し、部門間の連携体制を事前に計画
  • 休暇希望者のシフトをカバーするための応援体制を検討
  • 予約状況に応じた人員配置の最適化
  1. 繁閑予測に基づく計画策定
  • 年間の繁閑予測に基づき、閑散期に部門を超えた休暇取得計画を策定
  • 事務職が繁忙期には接客業務をサポートする一方、閑散期には接客スタッフが休暇取得
  • 予測に基づく計画的な人材配置と休暇取得の両立

就業規則への反映例

第△条(部門間連携と休暇取得)
1. 会社は、各部門間の業務連携を促進し、全従業員の公平な休暇取得を支援する。
2. 従業員は、自部門の業務に加え、他部門の基本業務についても習得に努めるものとする。
3. 部門長は、毎週金曜日のミーティングにおいて、翌週の予約状況と人員配置を確認し、休暇取得者の業務をカバーする体制を構築する。
4. 閑散期においては、部門を超えた休暇取得計画を策定し、連続休暇の取得を推奨する。

休暇取得促進に成功した宿泊施設の事例紹介

観光庁が公開した「宿泊業における休日数増加の取組事例集」には、休暇取得促進に成功した様々な宿泊施設の事例が紹介されています。これらの事例から実践的なヒントを得ることができます。

株式会社ホテル佐勘の事例
宮城県の「ホテル佐勘」では、事前の検証に基づく休館日の設定により、売上への影響を最小限に抑えながら長期休暇の取得を促進しています。具体的には、過去の売上・予約データを詳細に分析し、最も稼働率が低い時期を特定。その期間に休館日を設定することで、売上減少の影響を最小化しながら、従業員の連続休暇取得を実現しました。この取り組みにより、従業員満足度が向上し、離職率の低下にもつながっています。

株式会社陣屋の事例
株式会社陣屋(神奈川県)では、火曜・水曜を定休日に設定し、連休が取りやすい環境を整備。この変更により、人件費を16%削減しながらも売上はほぼ維持することに成功しました。生産性向上と高付加価値化の取り組みを同時に進めることで、休日数の増加と業績向上を両立させています。特に注目すべきは、定休日の設定が従業員のワークライフバランス向上につながり、人材確保の面でも好影響を与えているという点です。

花の舞酒造株式会社の勤怠管理システム導入事例
勤怠管理システムを導入したことで、「誰がいつ休むかが見えるようになり、交代で休暇を取れる体制になった」と報告されています。特に営業部門など外出が多い従業員の休暇管理が困難だった状況が改善され、休暇の可視化により相互にカバーし合う文化が醸成されました。

マルチタスク化によるカバー体制の構築事例
ある宿泊施設では、事務職の従業員が繁忙期に接客業務をサポートする体制を構築。週次ミーティングで来客予測を確認し、部門を超えた応援体制を事前に計画することで、スムーズな業務連携を実現しています。また、「接客担当が事務の仕事をサポートする、清掃係が下膳を手伝うなど、お互いの仕事をカバーしあうことが当たり前の雰囲気」を醸成することで、休暇取得が促進されただけでなく、作業時間の短縮化も実現しています。

これらの事例は、宿泊業における休暇取得促進には「可視化」「マルチタスク化」「休館日の戦略的設定」が効果的であることを示しています。自社の状況に合わせて、これらの方法を組み合わせることで、従業員の満足度向上と経営効率の両立が可能になるでしょう。

休日・休暇取得促進策を就業規則に反映し、具体的な取得促進の仕組みを構築することは、宿泊業における人材確保と定着の観点から極めて重要です。特に、予約状況に応じた柔軟な対応を可能にする体制づくりが、休暇取得率向上のカギとなります。

5. シフト表の作成・公開ルール

シフト作成の効率化とルール化

宿泊業におけるシフト作成は、24時間営業体制と多様な職種の混在により非常に複雑です。効率的なシフト作成のためには、以下のようなルール化が効果的です。

基本的なシフト作成プロセスの確立

  • 繁忙期予測に基づく必要人員数の算出
  • 職種・能力別の必要人数の設定
  • 従業員の希望収集(原則2週間前までに提出)
  • 基本シフトの作成(正社員・契約社員)
  • 補助シフトの追加(パート・アルバイト)
  • 最終チェックと調整
  • 公開・周知

効率化のための具体的なルール例

  • 基本フォーマットの統一(職種別・部門別に色分け)
  • 共通マークや記号の設定(早番「E」、遅番「L」、休日「休」など)
  • 職位や能力レベルごとの最低配置人数の明確化
  • 重要な職位(フロントマネージャー、料理長など)は先に固定
  • 各職種の稼働率・売上に対する適正人数比率の設定

一部のホテルでは、各業務の仕事内容や所要時間を可視化し、「フロントに厚く人員を配置したい時間帯」「他部署へヘルプに行ける時間帯」などを一覧表で管理することで、効率的なシフト作成を実現しています。

シフト表記載の必須項目

  • 業務の対象者(氏名、職位)
  • 勤務時間(始業・終業時刻)
  • 曜日・日付
  • 担当業務内容
  • 休憩時間
  • 当日の責任者
  • 稼働人数

特に宿泊業では、日をまたぐシフトや中抜けシフトが存在するため、見やすいシフト表の作成が不可欠です。表の中に「22:00~翌7:00」といった記載や、中抜け時間の明示などにより、誤解のないシフト表を心がけましょう。

適切なシフト公開タイミングと周知方法

シフト公開のタイミングは、従業員のプライベート計画に大きく影響するため、以下のルールが推奨されます。

シフト公開タイミングの基準

  • 月間シフト:前月の20日までに公開
  • 季節変動対応:繁忙期の2ヶ月前に概略シフトを通知
  • 年間休日カレンダー:年度始めに公開

実際、シフト表は可能な限り早期に(少なくとも1ヶ月前までに)提示することで、従業員の私生活との調和を図ることが重要です。

効果的な周知方法

  • 紙媒体の掲示(従業員休憩室、事務所など)
  • 電子媒体の配信(メール、社内イントラネット)
  • シフト管理システムによるリアルタイム共有
  • スマートフォンアプリ通知(LINEなどの活用)
  • 個別の確認対応(特に重要な役割の従業員)

東京都内のホテルでは、シフト公開後に各部門のリーダーが所属スタッフに個別確認を行い、認識齟齬を防止する取り組みを行っています。また、クラウド型のシフト管理システムを導入したホテルでは、スタッフが自宅からもシフトを確認できるようになり、出勤忘れが大幅に減少したという事例もあります。

シフト変更手続きの具体的な就業規則記載例

変形労働時間制を採用している宿泊施設では、シフト変更には特に注意が必要です。労働基準法上、単に「業務上の必要性」という漠然とした理由ではシフト変更が認められない場合があります。

シフト変更手続きの就業規則記載例

第〇条(シフト変更)
1. 会社は、以下の事由に該当する場合に限り、従業員に通知済みのシフトを変更することがある。
   (1) 天災地変、交通機関の麻痺その他の不可抗力による緊急事態
   (2) 予想を著しく超える予約の増減(客室稼働率が当初予測から30%以上乖離した場合)
   (3) 従業員の突発的な休職・退職により、サービス提供に重大な支障が生じる場合
   (4) 法改正や行政指導による営業時間の変更が必要な場合

2. 前項によりシフトを変更する場合、会社は従業員に対し、次の手続きを行う。
   (1) 変更内容と理由を書面またはデジタル媒体により明示
   (2) 原則として変更の3日前までに通知
   (3) 変更により休日出勤となる場合は、代休または割増賃金を支給

3. 変更により休業となる場合は、労働基準法第26条に基づき、平均賃金の60%以上の休業手当を支給する。

4. 従業員が私的理由によりシフト変更を希望する場合は、原則として勤務予定日の7日前までに所属長に申し出るものとする。ただし、緊急やむを得ない事由がある場合はこの限りではない。

5. 前項のシフト変更は、代替要員が確保できる場合に限り、所属長の承認を得て認める。

この記載例では、単に「業務上の必要」ではなく、具体的にどのような場合にシフト変更が行われるか予測できるよう明確に定めています。特に変形労働時間制を採用している場合は、JR東日本(横浜土木技術センター)事件の判例を踏まえ、従業員の生活に大きな影響を与えないよう配慮することが重要です。

シフト管理システム導入のメリットと選定ポイント

宿泊業のような複雑なシフト管理を効率化するため、シフト管理システムの導入が有効です。

導入メリット

  • 複雑な勤務体系(24時間体制、中抜け、日をまたぐシフト)への対応
  • 多部門・多職種のスタッフを一元管理
  • 急なシフト変更に柔軟に対応
  • 労働基準法や変形労働時間制などの法令遵守
  • シフト作成時間の大幅短縮(従来の1/3程度に削減した事例あり)
  • 人為的ミスの削減
  • 従業員の希望収集と反映の効率化
  • 人件費と売上のバランス最適化

システム選定ポイント

  1. 宿泊業特有機能への対応
  • 24時間営業・日をまたぐシフト対応
  • 中抜けシフト管理機能
  • 変形労働時間制の適正な運用機能
  • 法定労働時間超過アラート機能
  1. 操作性と柔軟性
  • 直感的なインターフェース
  • カスタマイズ性(ホテル特有の就業ルールへの対応)
  • 急なシフト変更への対応しやすさ
  1. 他システムとの連携
  • 給与計算システムとの連携
  • 客室管理・予約システムとの連携可能性
  • 複数施設間での情報共有機能
  1. モバイル対応
  • スマートフォンでの打刻・確認機能
  • リアルタイム通知機能
  • 外出先でのアクセス性
  1. コストパフォーマンス
  • 初期費用と月額利用料のバランス
  • サポート体制の充実度
  • 拡張性(将来的な機能追加や事業拡大への対応)

市場には「KING OF TIME」「ジンジャー勤怠」「ShiftMAX」「勤労の獅子」「ちゃっかり勤太くん」などの宿泊業に対応したシステムがあり、導入事例も増えています。特に、複数言語対応や外国人従業員も使いやすいUIを持つシステムは、多様な人材を雇用する宿泊業に適しています。

適切なシフト表の作成・公開ルールの確立とシステムの導入により、従業員の満足度向上とサービス品質の安定化、そして業務効率の飛躍的な向上が期待できます。特に人手不足が深刻な宿泊業において、効率的なシフト管理は競争力の源泉となるでしょう。


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